私の居場所は、ここにある。――一方その頃、王都の実家は破滅へのカウントダウンを始めていたようです
私の居場所は、ここにある。――一方その頃、王都の実家は破滅へのカウントダウンを始めていたようです
魔物の大暴走を無傷で完全鎮圧した夜。
辺境都市シュヴァルツは、街を挙げての盛大な祝賀会に沸き立っていた。
大通りのあちこちで篝火が焚かれ、広場では領民たちが樽酒を割って歌い踊っている。
そして、シュヴァルツ辺境伯の館の大広間でも、騎士団の皆様や館の者たちが集まり、豪華な宴が開かれていた。
「クロエ様! 本日は本当におめでとうございます!」
「これ、俺の故郷の特産品なんです! どうかお納めください、女神様!」
「クロエ様ぁっ! 明日、工房のオープン前から一番乗りで並びますからね!」
主役として上座に座らされた私の周りには、ひっきりなしに騎士さんたちやメイドさんたちが押し寄せ、お酒のグラスやお花、ちょっとした贈り物などを山のように差し出してくる。
「あ、ありがとうございます……! でも、私、本当に大したことはしてないですから……!」
私は両手で顔を覆いながら、恐縮しっぱなしだった。
ちなみに今日の私は、イグニス様が「主役なのだから、世界で一番美しく着飾らねばならん!」と気合いを入れて用意してくれた、淡い黄金色のドレスを着せられている。
上質なシルクと星屑のようなレースが施されたドレスは、歩くたびにキラキラと輝き、自分でも鏡を見て「これ、本当に私……?」と疑ってしまったほどだ。
「ふん。相変わらず、クロエの可愛さが理解できないハエどもが群がっておるな」
私の隣で、極上の赤ワインを傾けながら、イグニス様が鼻を鳴らす。
真紅のイブニングドレスを纏ったお姉様の圧倒的な美貌と威圧感に、寄ってくる騎士さんたちも「ひぃっ」と少し腰が引けているのがおかしかった。
「クロエ」
そこへ、集まった人々を掻き分けるようにして、一人の長身の青年が歩み寄ってきた。
漆黒の礼装に身を包んだ、レオンハルト様だ。
彼は私の前に立つと、スッと右手を胸に当て、深く、美しい一礼をした。
「……息を呑むほど、美しい。今日の君は、本物の女神のようだ」
「れ、レオンハルト様っ……! からかわないでください、私なんて、着せられているだけで……っ」
私が顔を赤くして俯くと、彼は優しく微笑み、すっと右手を差し出してきた。
「この宴の主役である君に、一曲、ダンスをお願いできないだろうか?」
「だ、ダンス、ですか!?」
私は慌てて首を横に振った。
「無理です! 私、実家では地下室に閉じ込められてたから、ダンスのレッスンなんて一度も受けたことがなくて……! 絶対に、レオンハルト様の足を踏んじゃいます!」
「構わない。何度踏まれたって、君となら嬉しいくらいだ」
「なっ……!?」
「それに、君を他の男どもに取られる前に、俺が一番に君の手を取りたいんだ」
真剣なブルーの瞳に見つめられ、熱っぽい声で囁かれる。
周囲の騎士たちからは「うおおお! 閣下が攻めてるぞ!」「ヒューヒュー!」と囃し立てる声が上がり、私の顔は爆発しそうなほど熱くなった。
「おい、抜け駆けは許さんぞ発情期。クロエのファーストダンスは、世界で一番のお姉様である私が――」
「イグニス、こればかりは譲れない。俺は、彼女の専属錬金術師としての雇用主であり、彼女に命を救われた騎士だ」
レオンハルト様が、珍しくイグニス様に対して一歩も引かずに言い返す。
二人の間にバチバチと火花が散りかけた、その時。
「あのっ……!」
私は勇気を出して、レオンハルト様の差し出された手と、イグニス様の腕を、両方ともぎゅっと掴んだ。
「ど、どちらか一番なんて選べませんっ。……私にとって、お二人はどちらも、世界で一番大切な人ですから!」
私の言葉に、レオンハルト様もイグニス様も目を丸くして固まった。
少しして。
レオンハルト様は「……ズルいな、君は」と照れくさそうに口元を覆い、イグニス様は「ふふっ、我が可愛い妹がそう言うのなら、仕方がないな」と満足げに微笑んだ。
大広間に、楽しげなワルツの音楽が響き渡る。
私は、不器用で一途な最強の騎士様と、過保護で美しい最強の神獣のお姉様に挟まれながら、幸せな夜のひとときを心から楽しんだ。
(……私、今、すごく幸せだ)
音楽と笑い声に包まれながら、私は胸の奥でそっと噛み締める。
魔力ゼロの無能だと罵られ、家族に捨てられ、冷たい森に追放されたあの日。
絶望しかなかった私の人生は、イグニス様を助けたあの一瞬から、大きく色を変えた。
私の作ったポーションを、お弁当を、心から喜んでくれる人たちがいる。
私の帰りを待っていてくれる、温かい居場所がある。
(私の居場所は、ここにあるんだ)
もう、過去を振り返る必要はない。
明日からも私は、この辺境都市シュヴァルツで、大好きな人たちのために錬金釜をかき混ぜ続けよう。
――無自覚チート錬金術師の、幸せなスローライフは、まだ始まったばかりなのだから!
* * *
――一方その頃。
クロエが辺境都市で「女神」として幸せの絶頂にいたのと同じ夜。
王都にあるアルジェント伯爵家の屋敷では、絶望的な怒号が飛び交っていた。
「ミレーヌッ!! お前が作ったというこのポーションは一体なんだ!? ただの泥水ではないか!!」
ガシャァァァンッ!!
伯爵家の当主である父親が、娘のミレーヌが差し出したポーションの瓶を暖炉に叩きつけた。
ガラスの破片と共に散らばったのは、黄金色の特級ポーションなどではない。濁り、悪臭を放つ、ただの緑色の泥水だった。
「ひぃっ!? お、お父様……! わ、私には分かりませんわ! いつものように、ちゃんと魔力を込めて調合しましたのに……っ!」
「嘘をつくな! 王家に毎月献上している『特級ポーション』の納期は、もう三日後に迫っているのだぞ! このままでは、アルジェント伯爵家は王家からの信用を失い、最悪の場合は爵位剥奪だ!!」
顔を真っ赤にして怒り狂う父親に、義母が慌ててすがりつく。
「あ、あなた、どうかミレーヌを責めないでください! きっと、仕入れた薬草の品質が悪かったのですわ! あの子は天才錬金術師なのですから!」
「黙れ! 薬草の仕入れ先は変えておらん! ……だいたい、おかしいではないか。あの『無能』なクロエを家から追い出して以来、お前が作るポーションは一つ残らずゴミのような下級品以下になり下がっている!」
父親の言葉に、ミレーヌと義母の顔がサッと青ざめた。
彼らは心のどこかで、気づき始めていたのだ。
王家に献上し、ミレーヌの手柄としていた特級ポーション。
それはすべて、地下室に閉じ込めていたクロエが作っていたものだということに。
魔力を持たない無能だと見下していたクロエこそが、アルジェント家を支えていた『真の天才』であったという、信じたくない真実に。
「まさか……。あの無能が、我々のポーションの質を……?」
父親がギリッと歯軋りをする。
だが、時はすでに遅い。
クロエを無一文で『魔の森』へと追放し、確実に死に至らしめたのは彼ら自身なのだから。
「くそっ……! 誰か! 今すぐクロエを探し出せ! 魔の森を捜索し、死体でもいいから引きずってこい!! あの女が持っていた調合の『秘伝』を、なんとしてでも見つけ出すのだッ!」
王都の夜空に響く、アルジェント伯爵の絶望と焦燥に満ちた叫び。
だが、彼らがどれだけ足掻こうとも、すでに運命の歯車は狂い始めている。
彼らが切り捨てた「無能な娘」が、今や辺境都市を救う最強の女神となり、伝説の神獣と最強の辺境伯の絶対的な庇護下にあることなど、知る由もなかった。
アルジェント伯爵家の完全なる破滅へのカウントダウンは、すでに、静かに始まっていたのである。
【第一章 完】
【作者より】
ここまで「第一章」をお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました!!
過保護なお姉様と、不器用な騎士様に挟まれて、クロエは「自分の居場所はここにある」と心から笑うことができました。
幸せいっぱいの大団円!……からの、最後は王都の実家サイドの描写です。
特級ポーションを作っていたのが実はクロエだったと気づき始め、納期に間に合わずパニックに陥るクソ家族たち。
ここから第二章は、幸せなスローライフを送りながら錬金術で無双していくクロエと、自滅への道を猛スピードで突き進む実家の【極上のざまぁ展開】が交差して進んでいきます!
王都からクロエを捜索する刺客も放たれますが……最強のお姉様と辺境伯様の前では、文字通り「瞬殺」される運命しか待っていません(笑)。
第一章、いかがでしたでしょうか?
「クロエが幸せになって最高!」「3人の関係性が好き!」「実家のざまぁが待ちきれない!」と少しでも楽しんでいただけた読者様!
画面の少し下にある【☆☆☆☆☆】を、ぜひ【★★★★★】にして、作者への評価と応援をいただけないでしょうか!
皆様の星とブックマークが、私にとって何よりの報酬であり、第二章を執筆するための最高のエネルギーになります!
どうか、あなたの応援をよろしくお願いいたします!!




