勝利の凱旋。「私、何かやっちゃいましたか?」――無自覚チート錬金術師、辺境都市の救世主となる
勝利の凱旋。「私、何かやっちゃいましたか?」――無自覚チート錬金術師、辺境都市の救世主となる
スタンピードの脅威が完全に去った戦場は、嘘のように穏やかな夕焼けに包まれていた。
「よーし、お前ら! 魔物の素材を回収しろ! 特にあの毒魔竜の素材は高く売れるぞ!」
「おうっ! 俺、アース・ドラゴンの頭を担いで帰りますわ!」
「おいおい、それ普通なら数十人がかりで運ぶ重さだぞ? ……って、片手で持ち上がっちまったよ! クロエ様のバフ、まだ全然切れてねぇ!!」
五千の魔物を討伐した直後だというのに、黒竜騎士団の皆様は誰一人として倒れることなく、それどころか遠足帰りの子供たちのように元気いっぱいに走り回っていた。
怪我人は、まさかの「ゼロ」。
私の『星屑の霊粉』による限界突破と、回復バフの効果が未だに彼らの肉体を満たしているからだ。
「皆さん、すごく元気ですね……。激戦の後なのに、信じられないくらいピンピンしてます」
戦場の端っこで、イグニス様が用意してくれた丸太の椅子に座りながら、私は目を丸くしてその光景を眺めていた。
すると、私の髪を優しく梳いてくれていたイグニス様が、呆れたようにため息をついた。
「お前なぁ……。それが誰の撒いた粉のおかげだと思っているのだ。普通の騎士がアース・ドラゴンを片手で投げ飛ばせるわけがなかろう」
「えっ、でも、私が作ったのって、昔実家で作ったことのある『畑の害虫除けの粉』のアレンジ版ですよ? ちょっと高級な素材を使ったから効き目が良かったのかもしれませんけど……」
「あのなぁ……。神話級の霊粉を害虫除け呼ばわりするな」
イグニス様がこめかみを押さえていると、魔物の討伐証明部位の解体を終えたレオンハルト様が、こちらへと歩み寄ってきた。
血の汚れを魔法で落とした彼は、夕日に照らされて彫刻のように美しい。
「クロエ」
彼は私の前に立ち、ゆっくりと片膝をついた。
「君のおかげで、ただ一人の犠牲者を出すこともなく、この未曾有の危機を乗り越えることができた。俺の命はおろか、部下たちの命まで救ってくれたこと……言葉では言い表せないほど感謝している」
「そ、そんな! 私は大したことなんてしてません! 粉を撒いて、お水にはちみつと薬草を混ぜて振っただけですし……」
私、何かそんなにすごいこと、やっちゃいましたか?
首を傾げる私に、レオンハルト様は「はちみつと薬草を振っただけ……」と呟いて、天を仰いだ。
「その『はちみつ水』で、俺の死の猛毒が浄化されたんだがな……。まぁいい。君がどれほど無自覚であろうと、君が我々を救った『女神』であるという事実は変わらない。……さあ、我らの街へ帰ろう」
レオンハルト様が、私に向かって手を差し出す。
私はその大きな手を握り返し、しっかりと立ち上がった。
* * *
辺境都市シュヴァルツの巨大な正門前には、不安に顔を青ざめさせた大勢の領民たちが集まっていた。
五千の魔物によるスタンピード。
その絶望的な凶報は街にも届いており、誰もが「黒竜騎士団といえど、今回は無事では済まないかもしれない」「防衛線が破られれば、街は火の海になる」と覚悟を決めていたのだ。
――ギギギギギッ……!
重厚な正門がゆっくりと開かれる。
息を呑んで見守る領民たちの前に現れたのは……。
「……お、おい。見ろよ」
「傷一つ、負ってない……!?」
先頭を進むレオンハルト様をはじめ、続く五十人の騎士たち全員が、誰一人として欠けることなく、五体満足で、それどころか出撃前よりもツヤツヤとした顔で凱旋してきたのだ。
さらに彼らの背後には、討伐した魔物たちの巨大な素材が山のように積まれた荷馬車が連なっている。
「し、信じられねぇ……五千のスタンピードを、たった五十人で、しかも無傷で殲滅したっていうのか!?」
「氷の死神様だ! 俺たちの辺境伯様、万歳!!」
「黒竜騎士団、万歳!!」
一瞬の静寂の後、街中が割れんばかりの大歓声に包まれた。
安堵のあまり泣き崩れる者、隣の者と抱き合って喜ぶ者。
パレードのような熱狂の中、レオンハルト様は馬上でスッと右手を挙げ、領民たちの歓声を制した。
「領民たちよ! 喜んでくれるのはありがたい。だが、今回の勝利の立役者は、俺でも、この騎士たちでもない!」
レオンハルト様のよく通る声が、夕暮れの街に響き渡る。
そして彼は、私とイグニス様が乗る馬車(※レオンハルト様が気を利かせて一番豪華な馬車を用意してくれた)へと歩み寄り、恭しく私の手を取って、領民たちの前へと導き出した。
「紹介しよう! 俺の専属錬金術師であり、この街の救世主! 彼女の作った霊薬と霊粉がなければ、我々は今頃魔物の胃袋の中だった! 彼女こそが、シュヴァルツの『女神』、クロエだ!!」
その瞬間、何千という領民たちの視線が、一斉に私へと突き刺さった。
「えっ……あ、あのっ」
突然の紹介に、私は顔を真っ赤にしてパニックになりかけた。
しかし、領民たちの反応は、私の予想を遥かに超えるものだった。
「み、見ろよ! あの銀色の髪の可愛らしいお嬢さん……!」
「待て、俺は知ってるぞ! あのお方、昨日、街の外れで新しく『錬金工房』を開いたっていう女の子じゃないか!?」
「なんだって!? 怪しい店だと思って、誰も近寄らなかったあの店のか!?」
ざわざわと広がる驚きの声。
その中から、辺境伯の館で働くメイド長さんやメイドたちが、涙ながらに飛び出してきた。
「クロエ様ぁぁぁっ!! ご無事で何よりです!!」
「皆様、お聞きなさい! クロエ様は私のこの手荒れを一瞬で治し、若返らせてくださった本物の奇跡の御手を持つお方です! あの方のアイテムは、国宝級の代物ですわ!!」
メイド長さんの熱烈なアピールと、騎士たちの「女神クロエ様万歳!!」という地鳴りのような歓呼。
それを受けた領民たちの目が、次第に「疑念」から「狂熱」へと変わっていくのがわかった。
「お、俺、明日絶対にあの工房に行くぞ!!」
「馬鹿野郎、俺は徹夜で並ぶぜ!! 女神様のアイテム、全財産はたいてでも手に入れてやる!」
「クロエ様、万歳! 我らが救世主、万歳!!」
街中が、先ほどまでの何倍もの大歓声に包まれる。
「無能」と蔑まれ、石を投げられることはあっても、こんな風に何千人もの人々から称賛を浴びる日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
「……あ、れ……?」
気がつけば、私の視界は涙でぼやけていた。
(私、ちゃんと役に立てたんだ。この街の人たちの、命と笑顔を守るお手伝いが……できたんだ)
ポロポロとこぼれ落ちる涙を拭おうとした、その時。
レオンハルト様が、皆の目の前だというのに、私をそっと、力強くその腕の中に抱きしめたのだ。
「ひゃっ!?」
「ありがとう、クロエ。君がこの街に来てくれて、俺の隣にいてくれて……本当に、よかった」
耳元で囁かれた、熱く、震えるような低い声。
大勢の歓声の中で、彼と私だけの時間が止まったように感じられた。
全身の血が沸騰するほど顔が熱くなり、私は彼の広い胸にすっぽりと収まったまま、「こ、こちらこそ……」と蚊の鳴くような声で答えるのが精一杯だった。
「――――おい、貴様」
しかし、そんな甘い時間は三秒と持たなかった。
背後から、地獄の底から響くようなドス黒いオーラを纏ったイグニス様が、レオンハルト様の肩をガシッと掴んでいた。
「領民の前で美談っぽく誤魔化そうとしているが、どさくさに紛れて私の妹を抱きしめるとは、万死に値するぞ発情期騎士。……その腕、消し炭にしてやろうか」
「ヒッ!? い、イグニス、これは感謝の表現であって、決して邪な気持ちでは――ギャァァァァッ!?」
イグニス様の容赦のないアイアンクローがレオンハルト様の頭に炸裂し、最強の騎士様が無様な悲鳴を上げて崩れ落ちた。
それを見て、騎士団の皆さんも領民たちも、「閣下がやられてるぞ!?」「女神様のお姉様、つえええ!」と大爆笑している。
「ふふっ……あはははっ!」
涙は、いつの間にか引っ込んでいた。
お腹を抱えて笑いながら、私はこの温かくて騒がしい光景を、しっかりと胸に焼き付けた。
追放された無能な錬金術師。
それが、最強の神獣のお姉様に拾われ、辺境伯様の胃袋(と心)を掴み、そしてついに街の救世主となってしまった。
明日からはきっと、私の錬金工房は領民たちで大行列の、とんでもない騒ぎになるだろう。
でも、もう怖くない。
私には、この帰るべき大切な「居場所」があるのだから。
――こうして、スタンピードの危機は去り、辺境都市シュヴァルツは祝祭の夜を迎える。
だがその頃、遠く離れた王都では。私を追放したアルジェント伯爵家が、取り返しのつかない「破滅」の足音に、ついに気づき始めていたのである。
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