即席調合の霊薬と、空を駆けるお姉様。――私を信じて、これをお飲みください!
即席調合の霊薬と、空を駆けるお姉様。――私を信じて、これをお飲みください!
「レオンハルト様ッ!!」
私の悲鳴が、毒の瘴気が漂う戦場に響き渡った。
大地に膝をついたレオンハルト様の頬には、赤黒い傷が刻まれ、そこから不気味な紫色の血管が首筋へと広がっていくのが見えた。
「か、閣下!?」
「くそっ、あの毒魔竜の霧が濃すぎて近づけねぇ! 風魔法で吹き飛ばせ!」
騎士たちが慌てて救出に向かおうとするが、毒魔竜が周囲に撒き散らす紫色の毒霧に阻まれ、近づくことすらできない。
このままでは、レオンハルト様が魔物の追撃を受けてしまう。
「ガァァァァァッ!!」
毒魔竜が勝利を確信したように咆哮を上げ、巨大な鎌のような爪をレオンハルト様に向かって振り上げた。
(嫌だっ! レオンハルト様が死んじゃう!)
心臓が早鐘を打つ。恐怖で指先が氷のように冷たくなる。
でも、私がここで泣いていても、何も変わらない。
私には、あの優しい彼を救うための『力』があるはずだ。
「イグニス様! 私を、もう少しだけ地上に近づけてください!」
「無茶を言うな! あの毒霧の中に入れば、お前の弱い人間の体など一瞬で溶け落ちるぞ!」
「大丈夫です! 私が絶対に何とかしますから!」
私の必死の剣幕に、イグニス様は一瞬だけ目を見開き……やがて、小さく舌打ちをして口角を上げた。
「……ふんっ。我が妹ながら、無鉄砲なことだ。いいだろう、振り落とされるなよ!」
イグニス様が急降下を開始する。
風を切り裂き、戦場へと一直線に落ちていく中、私は空中でエプロンのポケットから残っていた素材を取り出した。
(レオンハルト様の毒を浄化して、体力を回復させる……一番強くて、一番速く効くお薬……!)
空になった小瓶に、持参していた清浄な湧き水を入れる。
そこに、先ほどの支援粉に使った『月光草』の残りと、魔力を安定させるための甘い『はちみつ』を数滴垂らした。
本来なら、大鍋でじっくり煮込まなければいけない工程だ。でも、そんな時間はない。
私は瓶を両手で包み込み、錬金術師としてのイメージを極限まで高め、激しく振った。
(お願い……お願いだから、間に合って……っ!)
私を信じて、私を必要だと言ってくれた人を、失いたくない。
その強い祈りが、私の魂の奥底に眠る力を爆発させた。
――カッ!!
私の両手の中で、瓶がまるで小さな太陽のように強烈な光を放ち始めた。
中に入っていた水と薬草は一瞬にして完全に融合し、ドロリとした黄金色の液体へと変貌を遂げていた。
無自覚チート【万物昇華】が、空中の、それもわずか数秒の即席調合で生み出したのは、あらゆる呪いや猛毒を打ち払い、命の限界を突破させる『神話級・万能解毒の霊薬』だった。
「できました!」
「よし、行くぞクロエ! 私にしっかり捕まっていなさい!」
地上まであと数十メートル。
眼下では、毒魔竜の巨大な爪が、膝をつくレオンハルト様へと振り下ろされようとしていた。
「しゃらくさいわ、雑魚が!!」
イグニス様が空中で空いている片手を振るう。
放たれたのは、紅蓮の炎。それはただの炎ではなく、竜王の魔力によって生み出された『浄化の炎』だ。
炎はレオンハルト様の周囲を覆っていた猛毒の霧を一瞬にして焼き払い、安全な空間を作り出した。
ドサッ、と。
私たちは、レオンハルト様のすぐ目の前に舞い降りた。
「レオンハルト様ッ!」
「ク、ロ、エ……? なぜ、こんな、危険な場所に……逃げ、ろ……」
毒に侵され、意識が朦朧としている中で、彼はまだ私を気遣って逃げろと言っている。
なんて、不器用で、優しい人なんだろう。
「逃げません。だって私は、あなたの専属錬金術師ですから」
私は膝をつき、彼の身体を支えるようにして抱き起こした。
至近距離で見る彼の顔は蒼白で、息も絶え絶えだった。
「これを、飲んでください! 絶対、絶対に治りますから!」
私は出来立ての黄金の霊薬が入った瓶を、彼の唇に押し当てた。
ゴクリ、と。
彼がその甘い液体を飲み込んだ、次の瞬間だった。
――ピカァァァァァァァァッ!!
「うわっ!?」
レオンハルト様の身体から、これまでの騎士たちとは比べ物にならないほどの、凄まじい光の柱が天を貫いて噴き上がった。
彼の首筋を這っていた赤黒い毒の血管が、一瞬にして光に浄化され、消え去っていく。
「…………ッ!!」
光の奔流の中で、レオンハルト様がゆっくりと目を開いた。
氷のように冷たかったブルーの瞳は、今は神々しいまでの魔力の輝きを放ち、その全身からは圧倒的な剣気と、限界を突破した強者のオーラが立ち昇っていた。
「クロエ……君という人は、本当に……」
立ち上がった彼は、信じられないものを見るように自分の手を見つめ、それから私を振り返って、ふわりと、心からの安堵の笑みを浮かべた。
「また、君に命を救われてしまったな」
「レオンハルト様……! よかった、毒が消えて……!」
安堵のあまり涙がこぼれそうになる私を、彼は優しく、けれど力強く片腕で抱き寄せた。
「ありがとう。……ここから先は、俺の仕事だ。君の作ってくれたこの命と力で、君の敵をすべて排除しよう」
その言葉と共に、彼が漆黒の大剣を構え直す。
霊薬のバフ効果により、大剣はかつてないほどの絶対零度の冷気を放ち、刀身そのものが氷の結晶のように透明に輝いていた。
「ガァァァァァッ!!」
獲物を邪魔された毒魔竜が、怒り狂って紫色の毒のブレスを吐き出そうとする。
だが。
「遅い」
レオンハルト様の姿が、その場からフッと掻き消えた。
あまりの速度に、私の目では追うことすらできない。
直後。毒魔竜の巨体の頭上に、氷の死神が顕現した。
「クロエのくれた力……とくと味わえ!」
――『絶対氷河』!!
振り下ろされた大剣から、一筋の銀色の閃光が放たれた。
それはただの斬撃ではない。空間そのものを凍結させ、両断する神域の剣技。
毒魔竜の巨体は、悲鳴を上げる間もなく、縦に真っ二つに両断され――切断面から一瞬にして全身が凍りつき、巨大な氷の像へと成り果てた。
ピキッ、パリンッ!!
粉々に砕け散る魔物の氷塊。
最強の変異種が、たった一撃で、文字通り粉砕された瞬間だった。
「……す、すげぇ……!」
「閣下が、あんなバケモノを一撃で……!?」
毒霧が晴れ、遠くから様子を見ていた騎士たちも、その圧倒的な力に呆然としている。
「ふん。弁当のバフに加え、私のかわいいクロエが直々に調合した霊薬まで飲んだのだ。あれくらいやれなくてどうする」
腕を組んで宙に浮いていたイグニス様が、勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
「終わりました、ね……」
「あぁ。君のおかげだ、クロエ」
剣を収めたレオンハルト様が、私のもとへと歩み寄ってくる。
戦いが終わった彼の表情は、先ほどまでの恐ろしい氷の死神ではなく、私を優しく見つめる、あの不器用な青年の顔に戻っていた。
「俺は、君に生かされている。この恩は、一生かけても返しきれないだろう」
「そんな、恩だなんて。私はただ……」
私が照れてもじもじしていると、彼はフッと微笑み、突然、片膝をついて私の手を取った。
そして、私の手の甲に、そっと敬愛の口付けを落としたのだ。
「ひゃっ!?」
「クロエ。改めて誓おう。俺の剣は、俺の命は、すべて君のためにある。……俺は絶対に、君を手放さない」
手の甲から伝わる熱い感触と、あまりにも真っ直ぐな言葉に、私の顔は一気に沸騰したように熱くなった。
「れ、れれ、レオンハルト、さまっ!?」
「貴様ァァァッ! 戦場のドサクサに紛れて何クロエに発情しとるかァァァッ!!」
ロマンチックな雰囲気は、イグニス様の凄まじい飛び蹴りによって一瞬で粉砕された。
吹っ飛ばされるレオンハルト様と、怒り狂って火を吹くイグニス様。
そして、「閣下ーっ!」「女神クロエ様万歳ーっ!」と歓声を上げながら駆け寄ってくる黒竜騎士団の皆様。
(あはは……なんだか、すごく賑やかになっちゃったな)
私は、大騒ぎする彼らを見つめながら、心からホッと安堵の息を吐き出した。
無能だと追放された私が、こうして誰かの命を救い、誰かに必要とされている。
戦場のど真ん中だというのに、不思議と恐怖は消え去り、私の胸の中は温かい幸福感で満たされていたのだった。
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