スタンピード発生! 大切な人たちを守るため、無自覚チート錬金術師は戦場へ向かう
スタンピード発生! 大切な人たちを守るため、無自覚チート錬金術師は戦場へ向かう
「北の国境付近より、魔物の大群が接近中! その数、およそ五千! 『スタンピード』です!!」
早馬で駆け込んできた斥候の絶叫が、演習場に木霊した。
五千。その絶望的な数に、私は息を呑んだ。
スタンピード。
何らかの理由で魔物たちが暴走し、群れをなして人間の居住区へと雪崩れ込んでくる恐るべき天災。
辺境都市シュヴァルツは、これまで何度も魔物の襲撃を退けてきた堅牢な防塞都市だ。それでも、五千という数はあまりにも多すぎる。
「……総員、直ちに武装を整えよ。防衛線の第一ポイントにて魔物の群れを迎え撃つ!」
静まり返った演習場に、レオンハルト様の低く、よく通る声が響いた。
先ほどまで私にデレデレしていた大型犬のような姿は、もうどこにもない。そこにあるのは、領民の命を背負い、最前線で死線を潜り抜けてきた『氷の死神』にして、辺境伯としての絶対的な指揮官の顔だった。
「ははっ!!」
神話級のまかない飯を食べて限界突破を果たしている黒竜騎士団の皆さんも、誰一人として怯むことなく、即座に武器を手に取り、整然と隊列を組み始める。
「クロエ」
出撃の準備を進める中、レオンハルト様が私のもとへ歩み寄ってきた。
彼は血の滲むような過酷な戦いへと赴くというのに、私に向けるブルーの瞳は、どこまでも優しく、穏やかだった。
「君は、イグニスと共に館の地下シェルターへ避難してくれ。あそこなら、万が一防衛線が突破されても安全だ」
「レオンハルト様……っ」
「心配はいらない。君が作ってくれた弁当のおかげで、騎士団の士気と体力は過去最高だ。五千だろうが一万だろうが、必ず俺たちが食い止めてみせる。君がくれたこの命に代えても、君の居場所は俺が守り抜く」
そう言って、彼は少しだけ躊躇った後……血塗れではない、綺麗に拭われた大きな手で、私の頭をポンと優しく撫でた。
「俺の帰りを、待っていてくれるか?」
「……はいっ。必ず、ご無事で帰ってきてください」
私が涙をこらえて頷くと、レオンハルト様は力強く微笑み、翻る漆黒のマントと共に前線へと向かっていった。
地響きのような馬の蹄の音と共に、出撃していく黒竜騎士団。
私は彼らの背中が見えなくなるまで、ずっとその場に立ち尽くしていた。
* * *
イグニス様と共に館の離れ(私の工房)に戻ってきた私は、シェルターへは向かわず、まっすぐに調合室へと駆け込んだ。
「クロエ? 何をしている。辺境伯は避難しろと言っていたはずだが」
「……イグニス様。五千の魔物を相手にするって、いくら騎士団の皆さんが限界突破していても、絶対に無傷じゃ済みませんよね?」
薬草をすり潰すための乳鉢を棚から引っ張り出しながら、私は問いかけた。
イグニス様は腕を組み、静かに頷いた。
「当然だ。戦いとは数だ。五千もの群れを相手にすれば、いくら個々の能力が高くとも、いずれ必ず体力と魔力が尽きる。武器も刃こぼれするだろう。……無事で済むはずがない」
「なら、私が助けに行かなきゃ。皆さんが戦っているのに、私だけ安全な場所で隠れているなんて、絶対に嫌です」
私は、レオンハルト様が「国庫を傾けてでも用意しろ」と手配してくれた最高級の素材たちを、作業台の上にずらりと並べた。
南の森で採れた最高級の『月光草』。ドワーフの鉱山から買い付けた『ミスリルの粉』。そして、魔力の流れを増幅させる『星結晶』。
「王都で無能って見捨てられた私に、皆さんは居場所をくれました。私の作ったご飯を美味しいって笑って、私のことを必要だって言ってくれました。……私、あの人たちを失いたくないんです!」
私は、持てる錬金術の知識を総動員して、素材の調合比率を頭の中で弾き出した。
作るのは、広範囲に散布できる『粉末状の支援アイテム』。
ベースにするのは、かつて実家で作ったことのある、畑の害虫を追い払うための「活力の粉」のレシピだ。これを最高級の素材で代用し、広範囲の味方の体力と魔力を継続的に回復させ、さらに防御力を引き上げるバフアイテムへと昇華させる。
「私には戦う力はありません。でも……錬金術で、皆さんを支えることならできるはずです!」
月光草をすり潰し、ミスリルの粉と星結晶を均等に混ぜ合わせる。
祈りを込めて。
大切な人たちが、誰一人欠けることなく、生きて帰ってこられるように。
――ぽわぁぁぁぁぁん……ッ!!
作業台全体が、かつてないほど強烈な、目も眩むような黄金の光に包み込まれた。
「くっ……! 相変わらず、出鱈目な光を放ちおる……!」
イグニス様が目を細めて腕で光を遮る。
光が収まった後、大きなガラス瓶の中に完成していたのは……まるで、星空をそのまま瓶の中に閉じ込めたかのように、キラキラと眩く発光し続ける銀色の粉末だった。
「完成しました! 広域支援用・星屑の霊粉です!」
私は重たいガラス瓶を両手でしっかりと抱え込んだ。
その粉からは、蓋が閉まっているにもかかわらず、室内の空気を浄化し、魔力を高めるほどの凄まじい神聖なオーラが漏れ出している。
私の無自覚チート【万物昇華】が、またしても常識外れの『神話級バフアイテム』を錬成してしまった証拠だった。
「……それを持って、戦場へ行くつもりか? クロエ」
イグニス様が、静かな声で尋ねてきた。
黄金の瞳が、私を真っ直ぐに射抜いている。
「あんな泥と血に塗れた場所は、お前のような優しく脆い人間の娘が行くべき場所ではないぞ。恐ろしくはないのか?」
「……怖いです」
私は震える足を必死に堪えながら、はっきりと頷いた。
「魔物も、戦場も、すごく怖いです。でも……レオンハルト様や騎士団の皆さんが傷つくことのほうが、居場所を失うことのほうが、ずっとずっと怖いですから」
私が真っ直ぐに見つめ返すと、イグニス様はふっと息を吐き……やがて、誇らしげに、そして美しく凶暴な笑みを浮かべた。
「ふははっ! いいだろう! さすがは私が認めた妹だ! その震える足で、大切な者のために戦場へ赴くというのなら……私がお前の『翼』となってやろう!」
イグニス様が指を鳴らすと、私の身体がふわりと宙に浮き上がった。
そして、彼女の周囲に紅蓮の炎が渦巻き、私たち二人を包み込む。
「広範囲にその粉を撒き散らしたいのだろう? ならば、空からばら撒くのが一番手っ取り早い。行くぞ、クロエ!」
「はいっ! よろしくお願いします、イグニスお姉様!」
* * *
その頃。
辺境都市シュヴァルツの防衛戦、第一ポイント。
「オォォォォォォォンッ!!」
地鳴りのような咆哮と共に、黒い津波のように押し寄せる魔物の群れ。
狂暴化したオークやゴブリン、そして巨大なアース・ドラゴンまでもが混ざり込んだ、文字通りの絶望的な軍勢。
それに対し、黒竜騎士団の五十人は、一歩も引かずに防衛線を死守していた。
「押し返せ! 一匹たりとも防衛線を越えさせるな!」
先頭に立つレオンハルト様が、漆黒の大剣を振るうたびに、絶対零度の氷の刃が真空の波となって魔物たちを切り刻んでいく。
限界突破を果たしている騎士たちも、常人離れした動きで次々と魔物を討ち取っていた。
……しかし。
「くそっ、数が多すぎる! 斬っても斬ってもキリがねぇぞ!」
「はぁっ、はぁっ……! クロエ様のお弁当パワーがすげぇのは確かだが、さすがに武器の耐久力が持たねぇ!」
激戦が続くにつれ、騎士たちの息が上がり始め、剣は刃こぼれし、陣形が少しずつ後退を余儀なくされていく。
レオンハルト様も、巨大なアース・ドラゴン三体を同時に相手取り、額から血を流して息を切らしていた。
(このままでは、押し切られる……っ!)
レオンハルト様が歯を食いしばり、決死の覚悟で自らの命を削る大魔法を発動しようとした、その時だった。
「レオンハルト様ァァァァァァァッ!!」
空から、澄んだ少女の声が響き渡った。
「なっ……!?」
レオンハルト様と騎士たちが一斉に見上げた上空。
そこには、紅蓮の炎を纏ったイグニス様に抱き抱えられながら、戦場の空に舞い降りた私の姿があった。
「クロエ!? なぜ、こんな所に……っ!」
「皆さーーーん! 私からの、特製バフの差し入れです!!」
私は抱えていたガラス瓶の蓋を開け、戦場の風に乗せるようにして、中身の『星屑の霊粉』を空高くから一気にばら撒いた。
キラキラ、キラキラ……。
それはまるで、真昼の戦場に降り注ぐ、黄金の雪のようだった。
神秘的な光を放つ粉末が、防衛線で戦うレオンハルト様や騎士たちの頭上へと、優しく降り注いでいく。
そして粉が彼らの身体や武器に触れた瞬間――戦場の常識を覆す、とんでもない『奇跡』が巻き起こったのである。
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