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読書家の俺が、作家を目指す彼女の“最初の読者”になった話  作者: 丘引みみず
第1章 織原くんと小森さん

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9/11

009 兆しと約束

 例によって俺と小森さんは放課後、図書室にやって来たが、生憎と今日は利用者がいたのでいつものように談笑することは出来なかった。俺は当番だからカウンターの席に掛けて『若草物語』を読む(『アンの青春』は読み終わったようだ)小森さんの姿を眺めていた。


 フクロウの刺繍の入ったブックカバーには文庫本が収まっているが、彼女の小さな手と比しては新書サイズくらいに見えた。


「…………」


 この目に映る少女が本居貢太郎のご令嬢だなんてと、俺は深い感慨に浸っていた。持つべきものは友達だ、というと多少現金に思えてくるが、現に彼女と友交を結んでいるから至れた僥倖(ぎょうこう)だ。感謝感謝。


 そうしてぼんやりと眺めていると彼女と目が合った。日頃の彼女なら顔を赤くして逃げるように書物に視線を向けるだろうが、俺が相手だから微笑んでから読書に戻った。そんな些細な仕草が俺に幸福感を与えてくれる。


 彼女と過ごす一時が当たり前になっていたが、これがほんの数日前にはなかったのだと思うと、胸の奥にぽっかり穴が空いた心地になる。そしてそう思うほどに彼女の存在が俺の中で大きなものになっていく。


 なんだろう。この感覚……


 初めて抱いた感情に当惑していると目の前が遮られる。それに顔を上げると、そこには日吉さんがいた。


「1年2組の日吉です。返却お願いします」

「あ、はい」


 どうせ読んでないだろうにと辟易(へきえき)しつつもそれをおくびにも出さず、俺は手続きを終えた。


 さて、本をしまいに行くか。


 そう思って腰を上げようとした時、日吉さんが口を開く。


「あの、織原先輩」

「はい?」

 何で俺の名前を知ってるのかこの際気にしないとして、彼女はもじもじとしながらも封筒を差し出してくる。


「これ、読んでください!」


 それを受け取った途端、彼女は逃げ出すように図書室を出て行った。その背中を見送ると俺は手元に視線を落とす。これがラブレターであることは経験則的に理解している。だが俺は恋愛が嫌いだ。このままゴミ箱に放り込んでやりたい気持ちに駆られるが、頂戴した者のとして最低限読むのが礼儀というものだ。

 

 封筒を開き、便せんを取り出すとそこに綴られた意外と綺麗な文字を目で追っていった。内容はありきたりなもので、俺はため息をつくと共にそれを封筒に収め直し、鞄に詰めし込む(今までもらったものは捨て難く、一応保管しているのだ)と今度こそ本を戻しに取り掛かった。


 閉館を時刻を迎えると俺は図書室を施錠する。それから隣にいる、最後まで残っていた小森さんの方を見る。彼女はスマホを触っていて、LINEを開いているのがチラリと見えた。彼女は俺のを方を一瞥(いちべつ)してからスマホを耳元に当てる。数度のコール音の後、『もしもし』と男性の声が聞こえた。


 ま、まさか……


「あ、お父さん? 今終わったから」


『ああ、今行く』


「お願いね」


 短いやり取りの末彼女は電話を切り、スカートのポケットにしまった。


「ね、ねえ。小森さんは車で通学してるの?」

「そうですよ」


 彼女は俺の言わんとすることを察してか、小さく笑んで続ける。


「少し待ってもらえればお父さん――本居貢太郎に会えますよ?」


 その言葉に俺の心は激しく揺さぶられたが、首を激しく横に振って誘惑を振り払う。


「明後日までとっておく!」


『とっておく』だなんて、言ってからものすごい失礼なことを言っていると気付いたが、俺の心中はそれを訂正しようとするほど穏やかではなかった。 


「ふふ! お父さんにもそう伝えておきますね?」

「そうだ。明後日は何処で待ち合わせする?」

「10時に駅の南口前で待っててもらえれば車で迎えに行きますよ」

「それって、先生が運転されるの?」


 彼女が頷くと俺は声を一段上げて手を振る。


「そんな! 先生にご足労させるなんて!」

「ふふ。お父さんは運転が趣味ですから、気にしないでください」

「そういうことなら……」


 そんなやり取りをしながら俺は図書室の鍵を返却するために職員室を目指して歩き出した。彼女は俺の隣を歩く。俺は歩幅を合わせながら彼女に話しかける。


「『若草物語』はどう? 楽しめてる?」

「うん。わたしの好きなタイプでしたよ」

「それは良かった。小森さんはああいう瑞々(みずみず)しい物語が好きなんだね」

「そうなんです。なんだか、心が洗われるような感じが心地良いんです」

「わかるよその感覚。俺も東野圭吾の『さまよう刃』を読んだ後に『赤毛のアン』を読んだら凄く清々しい気持ちになったから」

「ふふ! それは落差が激しすぎますよ」

「はは! それもそうか」


 と、職員室に辿り着いた。俺は彼女を待たせて鍵を返却すると昇降口に向かい、それから校門へとやって来る。彼女はここで先生を待つようで、今日はここでお別れとなった。


「それじゃ、また明後日。楽しみにしてるよ」

「わたしもです!」


 笑みを交わし、軽く手を振り合うと俺は名残惜しさを感じたが、これを後日の楽しみに変換する術をここ数日で身に付けていた。


 ああ、早く明後日にならないかな。


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