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冬麗(とうれい)の光射す喫茶店 ― ひと冬の奇跡 ―  作者: ちとせ鶫
第1章 ―― 出会い・結像

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第8話 昼の窓明かり

冬の昼の光は、

朝とはちがう角度で物に触れます。


第8話では、

店の外に満ちる均質な光と、

店の内側に灯る、

もうひとつの光を描きました。


光の高さが変わるだけで、

見えるものも、

見えないものも、

少しずつちがっていきます。


今日の店は、

昼の光の中にありました。

 写真立ては、今この瞬間、どんな光を受けているのか。

 男には確かめる方法がなかった。

 昼の光は朝の光とちがう。

 角度がちがう。

 高さがちがう。

 写真立てに当たる光の向きも、当然ちがうはずだった。


     * * *


 その日の午後、男は別の用事で商店街を通った。


 昼だった。

 正確には、昼をわずかに過ぎた時間だった。

 

 空は晴れていた。

 冬の太陽が、商店街の屋根の向こうに高く位置していた。

 朝とはちがう高さだった。

 影が短かった。

 石畳の目地が、縦方向ではなく上から踏みつぶされたような形で影を作っていた。


 商店街は人が動いていた。

 惣菜屋のシャッターが上がっていた。

 金物店の扉も開いていた。

 八百屋の軒先に、白菜が並んでいた。

 荷台を引いた老人が、男の横を通り過ぎた。


 男は歩いていた。


 惣菜屋の前を通り過ぎた。

 金物店の前を通り過ぎた。


 足が止まった。


 引き戸の扉が、視界の端に入った。

 木の扉だった。

 塗り直された痕跡のない、長い年月が染み込んだだけの茶色。

 いつもと同じ扉だった。


 ちがうのは、窓だった。


 扉の横の小さな窓に、明かりが灯っていた。 

 昼の光ではなかった。

 外の光より少し暖かい色の、内側からの光だった。

 白熱球に近い、黄みがかった光が、窓の曇りガラスをうっすらと照らしていた。


 男は立ち止まった。


 窓越しに、店内の輪郭が見えた。

 曇りガラスだった。

 はっきりとは見えなかった。

 ただ、輪郭だけが見えた。


 カウンターの形が、ぼんやりと浮かんでいた。

 その上に、何かが並んでいた。

 カップだった。

 六つではなかった。

 もっと多かった。

 形のちがうものが、横一列ではなく、棚の上に重ならないように並んでいた。


 人の気配があった。


 動いている気配だった。

 ゆっくりとした動きだった。

 曇りガラスの向こうで、誰かが何かをしていた。


 急いでいなかった。


 その動きの速度が、男の目に残った。

 丁寧だった。

 一つのことを終えてから、次のことに移る、という速度だった。


 男はそれ以上、窓を覗かなかった。


 覗く、という動作ではそもそもなかった。

 通りすがりに、目に入った。

 それだけだった。


 歩き始めた。


 扉を通り過ぎた。

 引き戸の溝に、砂が積もっているのが見えた。

 朝と同じ砂だった。


 角を曲がった。


 商店街の人通りが、背後に遠くなった。

 昼の光が、石畳を上から均質に照らしていた。

 影が短かった。

 自分の影が、足元に短く落ちていた。


 男は歩きながら、窓の明かりを思った。


 昼の光が店の外に満ちていても、店の内側には別の光があった。

 黄みがかった、暖かい色の光。

 その光の中で、誰かがゆっくりと動いていた。


 その誰かが誰なのかを、男は考えなかった。


 考えなかったことを、確認する動作もしなかった。

 ただ、その光の色が、朝の光とちがうことを、網膜の隅に残したまま歩いた。


 朝の光は鋭かった。

 斜めから入って、物の輪郭を際立てた。

 昼の光は均質で、影を踏みつぶした。

 窓の内側の光は、その両方ともちがった。

 外の光に左右されない、内側だけの温度を持っていた。


 大通りに出た。


 車が通っていた。

 信号が赤だった。

 男は立ち止まって、信号を待った。


 冬の昼の光が、街全体を均質に照らしていた。

 どこも同じ明るさだった。

 影が短く、奥行きが浅く、物がみな平らに見えた。


 信号が青に変わった。


 男は歩いた。


     * * *


 商店街の外れの小さな窓に、黄みがかった明かりが灯っていた。

 曇りガラスの向こうで、カップが棚に並んでいた。

 誰かがゆっくりと動いていた。

 急いでいなかった。

 写真立ては、昼の光の中で、朝とはちがう角度から光を受けていた。

 何を映していたのか、外からは見えなかった。

昼の光は平らで、

影を短くします。


その中で、

店の窓にだけ

べつの温度を持つ光が灯っていました。


誰がそこにいたのかは、

描かれていません。


ただ、

光の色が朝とはちがい、

その中で誰かがゆっくりと動いていたことだけが、

昼の時間の輪郭をつくりました。


また次の光が変わるとき、

店はべつの表情を見せるのかもしれません。

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