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冬麗(とうれい)の光射す喫茶店 ― ひと冬の奇跡 ―  作者: ちとせ鶫
第5章 ―― 最後の結像

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第24話 冬の終わり

 写真立てが、今どこにあるかを、男は知らなかった。

 光がそこに届いているかどうかも、知らなかった。

 知る方法が、なくなっていた。


     * * *


 それでも、しばらくの間、男は来た。


 扉の前に立った。

 引いた。

 動かなかった。

 来た道を戻った。


 翌朝も来た。

 扉を引いた。

 動かなかった。

 その日も来た道を戻る。


 その繰り返しが、何日続いたか。

 男は数えなかった。


 ある朝、商店街の手前まで来て、立ち止まった。

 それ以上、歩かなかった。


 理由がなかった。

 ただ足が、止まった。


 男は商店街を見た。

 惣菜屋のシャッターが上がっていた。

 八百屋の軒先に、春の野菜が並び始めていた。

 白菜ではなかった。

 春キャベツだった。


 光の質が、変わっていた。


 冬の光ではなかった。

 影の長さが、変わっていた。

 石畳の目地の影が、浅くなっていた。

 太陽の位置が、高くなっていた。


 男はその光の質を、しばらく見ていた。


 冬の朝の光は、低く、斜めで、物の輪郭を際立てた。

 今の光は、少し高く、少し柔らかかった。

 影がまだあった。

 でも、冬の影とはちがった。


 工事の音は、聞こえなかった。


 男は商店街の入り口に立ったまま、奥の方を見た。

 惣菜屋があった。

 金物店があった。

 その先があった。


 男は立ち止まって、歩かなかった。


 どのくらいそこに立っていたか。

 男には、わからなかった。


 やがて、来た道を戻った。


 大通りに出た。

 車が通っていた。

 信号が青に変わった。

 男は歩いた。


 歩きながら、光の質のことを考えた。


 冬麗の、あの冬の光がなくなっていた。

 いつ変わったのか、男には特定できなかった。

 毎朝来ていたはずだった。

 でも、光が変わっていく過程を、男は見ていなかった。

 気づいたとき、すでに変わっていた。


 春が来ていた。


 そのことを、男は言葉にしなかった。

 言葉にする必要がなかった。

 光の質が、変わっていた。

 それだけのことだった。


     * * *


 商店街の外れの扉が、光の中にあった。

 木目が、春の光を受けていた。

 冬麗の、あの冬の光とは、少しちがう色だった。

 引き戸の溝の砂が、積もったままだった。

 写真立てが、どこにあるかを、男は知らなかった。

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