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冬麗(とうれい)の光射す喫茶店 ― ひと冬の奇跡 ―  作者: ちとせ鶫
第5章 ―― 最後の結像

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第23話 扉が開かない

 写真立てに、光が届いているはずだった。

 三月の朝の光が、路地の角度と建物の隙間を通って、店の窓まで届いているはずだった。

 ガラスの面が輝いているはずだった。

 像が飛んでいるはずだった。

 外からは、確かめる方法がなかった。


     * * *


 その朝も、光があった。


 空が晴れていた。

 三月の朝日が、路地を斜めに照らしていた。

 石畳の目地が、光の中でくっきりと見えた。

 影が長かった。


 扉の前に着いた。


 木目が、光の中で浮き上がっていた。

 長い年月が染み込んだだけの茶色が、光を受けて明るく見えた。


 工事の音が届いた。

 遠かった。


 男は手をかけた。

 扉を引いた。


 動かなかった。


 男は手を離した。


 それだけのことだった。


 もう一度引こうとする動作が、起きなかった。

 確かめようとする動作も、起きなかった。

 手が、扉から離れた。


 一歩、後ろに引いた。


 扉を見た。

 光が当たっていた。

 木目が浮き上がっていた。

 いつもと同じ扉だった。


 工事の音が、また届いた。

 昨日より少し近かった。


 男は来た道を戻った。


 石畳の目地を踏みながら、歩いた。

 光が路地を照らしていた。

 影が男の足元で動いた。


 商店街を出た。


 角を曲がった。


 別の路地に入った。


 工事の音が、また耳に届いた。

 今日は一日中、届き続けるかもしれなかった。


 男は再び歩き出した。


     * * *


 写真立てには、光が届いていたかもしれなかった。

 届いていたとしても、誰もそれを見なかった。

 扉の木目が、光の中で浮き上がっていた。

 引き戸の溝の砂が、積もったままだった。

 工事の音が、遠くで届いていた。

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