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冬麗(とうれい)の光射す喫茶店 ― ひと冬の奇跡 ―  作者: ちとせ鶫
第5章 ―― 最後の結像

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第21話 間に合わなかった朝

  写真立てのガラスに、光は当たっていなかった。

 反射もなかった。

 でも、暗がりでもなかった。

 三月の朝の光が、写真立ての少し手前まで来ていた。

 そこで止まっていた。

 額縁の縁には届かなかった。

 像が見えた。

 女が少し下を向いていた。

 微笑んでいた。


     * * *


 扉を引いた。


 開いた。


 店内に入った。


 未織がいなかった。


 男は扉の前に立ったまま、店内を見た。


 カウンターが見えた。

 椅子が四脚、整然と並んでいた。

 カップが棚に並んでいた。

 取っ手の向きが、全部同じだった。


 誰もいなかった。


 コーヒーの香りがあった。

 薄かった。

 前日か、もっと前の香りが、木材に染み込んで残っているだけの薄さだった。


 男は一歩、店内に入った。


 扉が閉まった。


 窓からの光が、店内に差し込んでいた。

 三月の朝の光だった。

 カウンターの上を、光の帯が走っていた。

 写真立ての手前で、帯が止まっていた。

 写真立てには届いていなかった。


 男は椅子に座った。


 いつもの椅子だった。


 カウンターの前に座って、写真立てを見た。


 像が見えた。


 女が写っていた。

 カウンターの内側に立っている。

 視線はこちらを向いていない。

 少し下を向いている。

 でも、微笑んでいた。


 男はそれを見た。


 光の帯が、写真立ての手前で止まったままだった。

 動いていた。

 ゆっくりと動いていた。

 写真立てに向かっていた。

 でも、まだ届いていなかった。


 男は待たなかった。


 待つつもりで座ったわけではなかった。

 ただ、立ち上がる動作が、すぐには起きなかった。


 窓の外で、何かが動いた。

 鳥だった。

 屋根の縁を伝って、視界を横切った。

 見えなくなった。


 工事の音が届いた。


 遠かった。

 今日も遠かった。

 金属を叩く、低く鈍い音が、一度届いて、消えた。


 男はカウンターに両手を置いた。


 木の表面が、手の平に触れた。

 拭かれていた。

 均質に光っていた。

 誰かの手が、今朝もこの木を拭いた。


 男は立ち上がった。


 扉を引いた。

 外に出た。


 三月の朝の光が、路地を照らしていた。

 影が長かった。


 男は少しの間、扉の前に立っていた。

 それから歩いた。


     * * *


 光の帯が、写真立ての縁に触れた。

 金属の縁が、細く光った。

 ガラスの面に、薄い反射が生まれた。

 像がぼやけ始めた。

 店内に、誰もいなかった。

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