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08.ノープラン

 伊倉と時任は、二人並んで警察署の通路を歩いていた。向かう先は、先ほどのタイムマシンがある部屋――通称「タイムマシンルーム」だ。


 時任は伊倉を振り切ろうとするかのように、早足で歩いていく。それを、伊倉は軽快な足取りで追いかけている。


「置いてかないでよ、時任サン」

「その、時任"サン"っていうのはやめられないか? わざとらしくて、気味が悪い」


 伊倉はウーンと首を傾げた。腕を組んで、眉間にしわを寄せる。


「じゃあ……ゴウキちゃん、とか?」


 チッと舌打ち。伊倉はクスリと笑う。


「分かったよ。だったら、時任、でいいか?」

「それでいい」

「なら、時任も"アンタ"ってのはやめてくれ。他人行儀が過ぎる」


 時任はあからさまに嫌そうに顔をしかめた。そして、隣にいても聞き取れないほどに小さな声でつぶやいた。


「分かった」

「なんて?」


 伊倉が時任の顔を覗き込む。時任は無視して歩き続けようとしたが、すぐに視線に耐え切れなくなり、観念したように目を閉じた。


「……分かった、伊(・)倉(・)」


 それだけ言うと、時任はさらに歩くスピードを上げた。伊倉はウキウキとスキップしながら後に続く。



 ◇



 二人はタイムマシンルームへと足を踏み入れた。自動でアナウンスが流れ出す。


『認証中…………トキトウゴウキ、28歳、時空警察官』

『認証中…………イクライッセイ、28歳、ゲストユーザー』


「なんだ、タメじゃないか。それならそうと、早く言ってくれればいいのに」

「……」


 伊倉は軽口を叩きながら、ロックが解除された扉をくぐった。そして、一番手前のカプセルを使おうと手を伸ばした瞬間、時任がその腕を掴んだ。


「過去に行くのは、捜査方針を決めてからだ」


 伊倉は不満げな表情で時任に向き直った。時任は壁に寄りかかると、懐からスマートフォンを取り出す。


「事故の記録を見る限り、原因は澄野玲香の前方不注意、とのことだが」

「まあ、そうだな」


 時任は伊倉を値踏みするように視線を向けた。


「どう救う?」

「うーん……一旦過去に行ってなんやかんやすれば、どうにかなるんじゃないか?」


 そう言いながら、伊倉はいつの間にかタイムマシンのカプセルに片足を突っ込んでいる。時任は腕を掴んで引っ張り出した。


「ちゃんと考えろ。さっきも言ったが車の事故を止めるのは難易度が高い。故障みたいに明確な原因があるなら、それを防げばいい。だが、今回の場合は違う」

「そうだな。注意しろ、と伝えてみたところで、彼女自身は十分気をつけてるつもりだろうしな」


 伊倉の口調はのんびりとしている。心ここにあらずといった様子で、人差し指で麦わら帽子をクルクルと回している。


 時任はらちが明かない、と吐き捨てるように言った。


「真面目に捜査する気がないなら、俺一人でやるが」

「いやいや。助けたい気持ちが溢れんばかりだ」

「タイムマシンを使いたいだけだろう」

「それも否定できない」


 伊倉は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「しかし、ここは捜査のプロ、時任刑事の意見を聞きたいところだ」

「それを、丸投げと言うんだ」


 時任は伊倉に冷ややかな視線を向けた。しかし、いつまでたっても伊倉の態度が変わらないことに業を煮やし、一人で捜査方針を考え始めた。


「そうは言っても、俺は澄野玲香のことは資料でしか知らない。それならまずは、彼女とその周辺を地道に捜査するしかない。いつもやっていることだ」

「いいじゃないか。その方針で行こう」


 伊倉は指をパチリと鳴らした。いつの間にか、時任の目を盗んでカプセルの中に入っている。


「足で稼ぐ、というやつだ。いかにも王道の刑事という感じで、時任らしい」

「茶化してるのか?」

「いいや? 気のせいだろう」

「……」


 無邪気に頷いた伊倉を無視して、時任は早口で続けた。


「まずは事故が発生した前日の世界に行く。そこで手がかりが見つからなければ、さらに過去を調べる」

「ほう」

「言っておくが、捜査をするのは俺だ。ついてきてもいいが、手出しはさせん。分かってるな、伊倉?」

「当然だ」


 軽い調子でそう言う伊倉は、もうカプセルの中で横たわり、準備万端だ。


 時任はもはや相手にするのも面倒くさそうに、黙って伊倉の隣のカプセルへと入った。そして、横のパネルで日付を設定する。9月1日――玲香の事故の一日前だ。


 タイムトラベルの準備が整い、二人はカプセルを閉める。閉まり際、時任はほとんど独り言のようにつぶやいた。


「まったく、俺が一緒だったからよかったものの、どうやって澄野玲香を救うつもりだったんだ」


 カチリとカプセルが音を立てて閉まり、ほどなくしてマシンが動き出す。二つのカプセルから、ブォーンという低い音が響く。


 そんな中、目を閉じていた伊倉が急にパチリと目を開けた。


「そんなの、決まってるだろう」


 伊倉の声はカプセル越しでややくぐもっていた。しかし、時任の耳には届いたようで、時任は薄目を開けて横目で伊倉を見た。目が合い、伊倉はウインクする。


「ノープランだ」


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