07.助けたいワケ
伊倉は、どうやって説得しようかと時任の様子を伺った。
しかし時任は無表情で、どうにも感情が読み取れない。伊倉はやれやれと肩をすくめながら、単刀直入に切り込んだ。
「過去に起こった交通事故を防ぎたい。力を貸してくれないか?」
「ダメだ」
取りつく島もない。しかし、伊倉もあきらめずに食い下がる。
「どうしてもか? 交通事故を防ぐというのは、警察が動くには真っ当な理由と思うが」
もっともな理屈だ、と伊倉は胸を張った。しかし、時任は表情を崩すことなく、淡々と反論を述べていく。
「過去を変えることでその事故を防げたとして、その後それ以上に大きな事故が起きないという保証はどこにある?」
「うーん……」
伊倉は言葉に詰まった。時任はそんな伊倉に一切の容赦なく、早口でまくし立てた。
「自動車というものは、凶器になりうる。事故が起きないようハンドルをちょっと切ってやったとして、別の場所に突っ込んだら? そこに歩行者がいたら? より多くの犠牲者が出るかもしれない」
時任の指摘は手厳しい。しかし、内容は的を射ている。伊倉の声から、徐々に元気がなくなっていく。
「それは、そうかもしれないが……」
「実際、その事故の被害はどの程度だった?」
「相手の乗客が一人、軽いけがを負った程度だ」
「ならば、わざわざ過去を変える必要はない。下手に動いて大惨事になったとして、アンタにその責任が取れるのか?」
「……」
伊倉はついに黙り込んでしまった。
時任は、話は終わりだとばかりに椅子から立ち上がる。そして、冷たい目で伊倉を見下ろした。
「そういうことだ。分かったらこれ以上、くだらない話で我々の手をわずらわせないでくれ」
時任は伊倉に背を向け、会議室の扉へと向かう。その背中に向かって、伊倉が呼びかけた。
「くだらないかどうか、見てみたらどうだ?」
「なんだと?」
時任は振り返った。視線の先の伊倉は、ついに糸口を見つけたと言わんばかりの、してやったりの表情だ。
「時任サン。実際の事故現場を見もせずに、くだらないなどと言い切るのは危険じゃないかい? それが時空警察のやり方だとしたら、それこそくだらない」
おどけた口調ながら、その言葉には突き刺すような鋭さがあった。
時任はバツが悪そうに目を逸らした。
「くだらないと言ったのは失言だった。気を悪くしたなら、申し訳ない」
「時任サンのそういう素直なとこ、嫌いじゃないよ」
伊倉は立ち上がって時任の方へと歩み寄り、気安い仕草で時任の肩を叩く。
「簡単な話だ。一緒に二人で過去に行って事故現場を見る。それでやっぱりくだらないと思ったのなら、それまでだ。おとなしく引こう」
「我々警察は暇ではない」
「おっと、奇遇だな。そいつは俺もだ」
苦虫を噛み潰したような表情の時任を尻目に、伊倉は懐から取り出した手帳をめくった。
「明日は近所の学校のプール掃除、明後日は人体切断マジックの人体切断される役、その次はフルマラソン大会のペースメーカー……」
「もういい、もういい。分かった」
時任は面倒くさそうに話を遮った。そして、ニヤケ顔の伊倉を見て大きくため息をつく。
「今日だけだ。この後、一緒に事故現場を調査して、今日一日で解決しなかったら、それで終わりだ。いいな?」
「ああ! それで問題ない」
伊倉は笑顔でグーサインをした。そして、時任の肩に手を回そうとする。
時任は伊倉の手をわずらわしそうに振り払った。フッと視線を落とし、背広のポケットからスマートフォンを取り出す。
「電話だ。ちょっと待て」
それだけ言うと、時任はスマートフォンを耳に当てた。
『時任、新しい任務だ』
電話の相手は、時空警察の同僚だった。
『過去に起きた事故を防いでもらいたい。過去改変の許可も、すでに下りている』
「どんな事故だ?」
『捜査資料を送る。いつも通り、事故を防いでもらえばそれでいい』
「分かった」
時任は短く返事をし、電話を切った。
何事かと目を輝かせる伊倉を手で制しながら、時任はスマートフォンを操作して送られてきた資料を開いた。
画面をスクロールし、資料を確認していた時任の手が止まる。チラリと伊倉に視線を送るが、伊倉はそれを見逃さなかった。
「どうした、何かあったのか?」
そう言いながら、伊倉は画面を覗き込もうとする。時任は伊倉に見せまいとスマートフォンを背中の後ろに隠した。
「素人に内部資料を見せられるわけないだろう」
「でも、何か気になることが書いてあったんだろ?」
「……」
時任は鬱陶しそうに伊倉を睨んだ。しかし、伊倉はそんな圧にもめげず、反復横跳びをしながらどうにかして後ろのスマートフォンを覗き込もうとしている。
時任はチッと舌打ちをすると、伊倉に向かってスマートフォンを突き出した。
画面に移っていたのは――澄野玲香の顔写真だった。
「仕事の依頼だ。時空警察として、澄野玲香を救え、とな」
「ほう?」
伊倉はそれを聞いて嬉しそうに、指をパチリと鳴らした。
「これで互いに利害が一致したわけだ。捜査を渋る理由もなくなったな」
「正式に捜査することに決まった以上、アンタの助けは必要ない」
「またまた、そんな照れなくても」
伊倉は嬉しそうに時任を軽く小突いた。
「それでなんでまた、時空警察は彼女を追うんだ?」
「これ以上は教えられない」
「へえ?」
伊倉は不思議そうに視線を宙に巡らせる。しかし、すぐに気を取り直して「まあ、いいか」とつぶやいた。
「さあ、善は急げだ。すぐに捜査に向かうとしよう」
伊倉は時任の後ろに回り込むと、背中をグイグイと押していく。
時任は口を開きかけたが、一瞬の逡巡の後に言葉を飲み込んだ。そして、伊倉に押されるままに前へと足を踏み出しながら、またしてもひときわ大きなため息をついた。




