↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/22

04.時をかけるなんでも屋

 この世界には、タイムマシンが存在する。


 それは、この国のほとんどの人間には知らされていない事実だ。それを知っているのは国の要人と、警察の中でもごく一部の人間だけだ。


 タイムマシンが発明されたのは、今からおよそ20年前。


 世紀の大発明である。大手メディアがこぞって取り上げ、世間は熱狂した――なんてことは、なかった。


 当時の開発者たちは、夢の実現に大いに沸き上がった。それと同時に、心無い者たちによる悪用を恐れた。


 悩みぬいた末に、彼らは国と取引を行うことにしたのだ。


 開発者たちが提供したのは、タイムマシンに関するすべての技術と、その権利。代わりに要求したのは、自分たちの身の安全と、徹底した情報規制。


 結果、タイムマシンはこの国の超重要機密として、20年が経過した今も完璧に存在を隠されている。限られた存在のみが行使できる秘密兵器として、国の秩序を守るために活用されているのだ。



 ◇



 真っ白い光が徐々に弱まっていき、元の景色へと戻っていく。伊倉はカプセルを開くと、ゆっくりと起き上がった。


 周囲の景色は先ほどとまったく変わらないようでいて、違う点が二つ。


 伊倉がカプセルに入る前に脱いだ、麦わら帽子がどこにもない。その代わりに、カプセルの横のテーブルに、先ほどまではなかったスマートフォンが置かれている。


 伊倉は床に降り立つと、帽子のことなど気にするそぶりもなく、テーブルの上のスマートフォンを手に取った。迷うことなくポケットに押し込む。


 伊倉が入り口の扉にそっと手のひらを当てるが、開かない。


 しかし、伊倉は気にすることなく足を前に踏み出した。すると、伊倉の身体が扉をすり抜ける。そのままもう一つの扉もすり抜けて、伊倉は再び警察署の廊下へと戻ってきた。


 廊下の様子はつい先ほどと、ほとんど変わりないように見える。しかし、警察官たちの様子は、先ほどとは微妙に違っていた。


 先ほどは忙しくて伊倉に構う暇がない、という感じだった。それが、今はまるでそこに誰もいないかのように伊倉の存在を無視している。


 その時、早足でやってきた警察官が、伊倉に向かって真っすぐ突っ込んできた。伊倉は避けず、警察官も避けない。


 ぶつかると思った次の瞬間、警察官は伊倉の身体をすり抜けた。そして、そのまま何事もなかったかのように歩いて行く。


 伊倉も眉一つ動かさずに階段を降り、入り口の受付までやってきた。


 受付には警察官や市民も含めて多くの人がいたが、伊倉に向けられる視線は一つもない。


 伊倉は受付上部のモニターに視線を送った。


『本日、09月02日の事故発生件数は 48件』


 9月2日――伊倉がカプセルに入る前に、パネルに入力した日付だ。



 ◇



 伊倉が今いるこの場所は、厳密にいえば過去の世界そのものではない。警察署のサーバー内に構築された、電脳世界の中だ。


 どのように過去の景色や人の動きを再現しているのかは、伊倉たち一般人には知る由もない。


 しかし今、目の前に広がっているのは紛れもなく過去に実際に起こった風景、出来事だ。


 過去の人々は伊倉のことを認知できないし、伊倉も過去の人々に干渉することはできない。ゆえに、実際に過去に戻ったわけではないと言える。


 そう考えると、この機械をタイムマシンと呼ぶべきなのかは怪しいところだ。それでも、警察内では便宜上、これをタイムマシンと呼称していた。



 ◇



 伊倉は警察署を出た。


 駅のすぐ近くとあって、往来する人の流れが途切れることはない。人々は、伊倉のことを避けもせずにぶつかっては、感触もなくすり抜けていく。


 伊倉は駅へと向かって、電脳世界の中を歩き出した。


 視界を横切る人々を気にする必要もない。途中に見える赤信号すらも気にする必要はない。伊倉は信号待ちをしている人々を尻目に、車道を突っ切っていく。


 あっという間に駅までたどり着くと、伊倉は改札をタッチもせずに通り抜け、目的の電車に乗り込んだ。


 過去のものには触れないのに、地面は普通に歩けるし、乗り物にも乗ろうとすれば乗れる。電脳世界ならではのご都合主義だ。


 目的の駅へと到着し、伊倉は電車を降りた。そのまま歩き続けること数分。伊倉は、目指す場所へと行き着いた。


 そこは見晴らしの良い、片側二車線の交差点だった。駅前の大通りにつながる道とあって、車の通りはそれなりにある。


 ちょうど路線バスが姿を現し、伊倉の目の前をゆっくりと通り過ぎて行った。


 伊倉はすぐそばにあったバス停を見つけ、そのベンチへと腰を下ろす。


 伊倉が何かを待っている間、何人かの客がやってきた。そこに伊倉がいるのも構わずに、伊倉に重なるようにベンチに腰かける。伊倉は微動だにしない。



 ◇



 そうして数台のバスを見送ったところで、事は起こった。


 伊倉の目の前に停車していたバスの後方から、ドン、と派手な音が響いた。


 バスの列に並んでいた客の目線が、一斉にそちらへと注がれる。伊倉もベンチから立ち上がり、バスの後方へと回った。


 バスのすぐ後ろに、灰色の乗用車が停車していた。


 ボディの側面には、どこかで見たことのある会社名が書いてある。車の前方を見ると、バンパーがへこんで取れかかっていた。


 車内からは、焦った表情の若い女が出てきた。


 伊倉は、直正から受け取った顔写真と見比べる。彼女が、澄野玲香だ。


 バスから出てきた運転手に、何度も頭を下げる玲香を視界の隅に捉えながら、伊倉は腕を組んで考え込んだ。


 この交差点は、周囲に坂もなく見通しはよい。他の車の姿もちらほら見えるが、混んでいるというほどでもない。運転を焦る要素も見当たらない。


 となれば、事故の原因は玲香の前方不注意でしかない。


 伊倉はポケットに手を入れた。取り出したのは、先ほど警察署で手に入れた、スマートフォンだ。


 画面に表示されている現在時刻は、午後2時。伊倉が入力したのは、午前7時。伊倉は続いてOKボタンを押した。


 その瞬間、世界が崩壊した。


 バスが、車が、ベンチが。


 バス停の案内表が、バスの乗客が、そして、玲香が。


 すべてが写真をバラバラに千切ったように細切れになり、そのかけらの一つ一つが、空へと吸い込まれていく。


 何もない真っ黒な世界に、伊倉は一人残された。


 ほどなくして、どこかから小さな色とりどりのかけらが舞い降りてきて、世界を再構築し始めた。


 伊倉が空の眩しさを感じて目を閉じ、再び目を開いたときには――世界は、元通りになっていた。


 しかし、つい先ほどとは少し様子が違う。


 目の前にあったバスもなければ、玲香の運転していた車もない。


 それなりに行列ができていたバス停前にも、今は壮年の男が一人、ベンチに座っているだけだ。


 伊倉は手元のスマートフォンへと目を落とした。現在時刻は、9月2日、午前7時。


 伊倉はすぐに行動を開始した。その足で向かうは、玲香の住むマンション。彼女が朝起きてから事故を起こすまでの、行動を追うために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。