19.守れ!昼寝スポット
住宅街を抜けたタロは、駅前の大通りまでやってきた。課長の家からは随分離れた場所まで来たが、その足取りには迷いがない。
片側二車線の道は車の通りも多く、人通りも多かった。
そんな場所に、ネコがわざわざ出てくるのは珍しい。道行く人達もタロの姿を見て驚きの視線を向ける。しかしタロはそんなこと気にする様子もなく、我が道を行く。
しばらく進むと、一軒のコンビニに出くわした。
タロはコンビニの駐車場を真っすぐに横切り、ゴミ箱横のスペースに座り込んだ。コンビニのちょうど西側にあたるその場所は、夕陽が差し込み非常に日当たりがよい。
タロはその場所で丸くなって、目を閉じた。
伊倉はその様子をうらやましそうに眺めている。
「気持ちよさそうだな」
そんな伊倉の言葉は聞こえなかったように、時任は懐からスマートフォンを取り出した。伊倉はすぐさま反応した。
「何をしようとしている?」
「時間を先に進める。寝に入ったということは、動き出すまでしばらくかかるだろう」
時任は5秒ごと、小刻みに時間を進めていく。周囲はコマ送りのように世界が切り替わっていく。伊倉は時任の腕を引っ張って止めようとした。
「待て待て。せっかくの昼寝タイムを邪魔する気か?」
「邪魔はしていない。早送りしているのは俺たちだけだ。あのネコはちゃんと眠っている」
「タロじゃない。俺の昼寝タイムのことだ」
「それはどうでもいい」
時任の返事はつれない。
伊倉はその後もあの手この手で時任の時間操作をやめさせようとしたが、今回の時任は譲らなかった。強引に伊倉の腕を振り切り、時間を進めていく。
◇
時間を進めていくと、コンビニの前に三つの人影が現れた。
学ランを着崩した、ヤンキー風の三人組だ。ヤンキーたちはゴミ箱の前、駐車場の縁石に腰かけ、タバコ片手に談笑を始めた。
タロの反応は速い。すぐに目を開け、あっという間に駐車場の端まで走った。コンビニの建物の陰に隠れ、ヤンキーたちの様子をうかがっている。
ヤンキーたちはタロの存在には気づかず、楽しそうに話している。ギャハハ、と品のない笑い声が響く。
ちょうどコンビニから出てきた客が、その声に眉をひそめる。
その様子を見た伊倉は顔をしかめた。
「よくないな。仲間内ではしゃぐのは結構だが、周りに迷惑をかけるのは別だ」
伊倉はヤンキーたちの前に仁王立ちし、腕組みをしている。しかし、ヤンキーたちは当然ながら伊倉の存在に気づくことはなく話し続けている。
伊倉はチラリと時任に視線を向けた。
「時任、コイツらに少しお灸を据えてやってくれないだろうか」
時任は眉間にしわを寄せた。
「珍しいな、伊倉。お前がそういう提案をするとは思わなかった」
「そうか?」
「助けたいと言ったことはあっても、懲らしめたいと言ったことはなかっただろう」
「周りに迷惑をかけるのは気持ちよくないだろう? それに」
そう言いながら伊倉は駐車場の隅、タロのいる方を示す。
「タロの昼寝が邪魔されてしまって、可哀そうだ」
「どちらかというと、そちらが本題のようだが。しかし――」
時任はガシガシと頭をかく。そして、ヤンキーたちに歩み寄った。
「これはいただけない」
時任はそう言いながら、ヤンキーたちの足元に手を伸ばした。何かを拾い上げる。それは、ヤンキーの一人がポイ捨てしたタバコの吸い殻だった。
時任は、拾った吸い殻を元の持ち主の頭上へと持っていき、軽く払った。タバコについた灰がハラリと舞い落ち、ヤンキーの首元へと落ちる。
「アッツ!!!」
ヤンキーは飛び上がり、首元を抑えて悶絶した。
「ど、どうした?」
他の二人は、何事かと困惑している。飛び上がったヤンキーは首元をさすりながら痛みに顔をゆがめた。
「あっつい! おい、ここ、見てくれよ」
そう言いながら長い襟足をかきあげ、首元を示す。他の二人がどれどれと覗き込んだ。
「なんだこれ。火傷……?」
「どういうことだ……?」
火傷をしたヤンキーが喚き散らす中、二人は首をひねった。
「ポイ捨てのバチが当たったんじゃね?」
「そういうことだろ。お前バカだなあ」
ヤンキーは地団駄を踏む。
「んなこと、あるワケねーだろーが! あーもう、この場所が呪われてるわ! 別のとこに移動しようぜ」
ヤンキーは涙目になりながら、ポイ捨てしたタバコをさっと拾い上げた。そうして三人は腰を上げると、コンビニの前から立ち去っていった。
◇
三人の姿が見えなくなり、声も聞こえなくなった頃。タロが再びゴミ箱の前へと戻ってきた。そして、先ほどのポジションで再び丸くなる。
「どうだ、伊倉。これで満足か?」
時任の問いかけに、伊倉の目は笑っている。
「そうだな。それに、時任、お前もよかったじゃないか」
「何がだ」
時任は何のことだか分からないと探るように伊倉を見る。伊倉はニヤリと笑いながら足元を指差した。
「タロ、お前の横で呑気に寝ているぞ」
言われて時任が足元を見る。すぐ横に、タロが丸くなっている。
「ネコがこちらのことを認識できているわけがない。向こうからしたら、ただお気に入りのポジションに戻ってきたに過ぎない」
「いやいや。さっきまであれだけ避けられてたのに、この態度ということは……認められたな」
「どういう意味だ」
「それは、もちろん――」
伊倉は穏やかな表情で時任とタロを見比べた
「怖いおじさんから、自分を守る下僕にグレードアップしたということだ」
それを聞いて、時任は露骨に顔をしかめた。
「俺はおじさんというほどの歳じゃない」
「そこか」
ヤンキーたちほどではないにせよ、言い合いをする二人の周囲は決して静かではない。
しかし、タロはそんな二人のことなど気にする様子もなく、大きくあくびをしながら再び昼寝に入った。




