18.ネコと仲良くなる方法
車の下での休憩は、そう長くは続かなかった。
タロは立ち上がると、駐車場前の道……ではなく、家と家の間にある塀の上に飛び乗った。
伊倉も迷わず、身軽な動作で塀へと飛び乗る。
「ほら、時任も早く」
「もう少し歩きやすい道にできないのか?」
「そういうことは本人に言ってくれ」
伊倉はそう言いながら両手を横に広げ、バランスを取って進んでいく。
「電脳世界だと、周りの目を気にせずこういうことができるからいいな」
「遊びじゃないんだぞ」
時任も遅れて塀へとよじ登る。
すると、タロは急にスピードを上げた。あっという間に狭い道を抜けて、反対側の道路へと出る。油断すると見失いそうな勢いだ。
伊倉と時任も急いで後を追った。やっとのことで二人も道路に出ると、幸いなことにタロは十数メートル先をのんびり歩いていた。
伊倉はホッと息をつく。
「危なかった。もう少し遅れてたら、逃げられていたところだ」
「別に、そうなったらまた時間を戻せばいいだけだろ」
「風情がないな」
伊倉が嘆いている間にも、タロは道の先で角を曲がった。二人は急いで角までダッシュする。伊倉が角の先を覗き込むと、タロはやはりのんびりと歩いている。
「いたぞ。こっちだ」
伊倉が手招きをし、時任が顔を覗かせた瞬間、またしてもタロが走り出した。伊倉が時任を引っ張る。
「追おう」
「分かっている」
◇
何度目かの追いかけっこの後、伊倉は時任を見ながら首を傾げた。
「おかしい」
「何がだ」
聞き返す時任を、伊倉は真っすぐに指差した。
「タロは、お前の姿を見て逃げている」
「はあ?」
時任は思わず声が大きくなり、慌てて口を押えた。すると、その声に反応したかのようにタロがまたしても走り出した。
小走りで後を追いかけながら、伊倉はからかうように言う。
「さっきからおかしいだろう。俺が角から顔を覗かせても反応しないのに、時任がやってくると走り出す。時任の声に反応して逃げ出す。タイミングが合いすぎている」
「意味が分からない。ここは電脳世界だ。過去の世界にいるあのネコが、俺たちに気がつくわけがない」
「なら、試してみよう」
伊倉が提案したのは、単純な挟み撃ち作戦だった。
伊倉がこのままタロの後を追い、時任はそれを追い抜くように回り込む。
そうして二人で前後を挟んだ場合、タロはどういう行動を取るのか。
伊倉は我ながら名案だと胸を張ったが、時任は不満を漏らした。
「どうして、俺が回り込む側なんだ」
「それはもちろん、警察の人間の方が体力あるし、走れるからだ」
「単に面倒ごとを押しつけているだけだろう」
「それは否定できない」
「……」
時任はムッとしたが、それ以上反論はしなかった。
次に訪れた曲がり角で、伊倉と別れて右折する。そして、時任はスピードを一気に上げた。
伊倉の怪しい仮説をまずは否定しないことには話にならない。時任がそう考えているのは明白だった。
一方の伊倉はというと、一人でタロの後を追っていた。
しかし、タロは後ろを振り返って伊倉が一人であることを確認すると、すぐに足を止めて、その場に座り込んでしまった。
伊倉はゆっくりと近づき、タロの横にしゃがみこむ。伊倉はタロに笑いかけた。
「もうすぐ戻って来るから、それまで待とう」
「にゃあん」
一人と一匹は、並んで道端に座り込んで時任を待った。
◇
待つこと数分、時任が姿を現した。その表情は険しい。
「こんなところで止まっているなら言ってくれ。随分先まで回り込んだんだが」
「連絡手段がなくてね」
伊倉はバツが悪そうに笑った。そして横のタロへと目を向けると、先ほどまでいた場所にいない。
伊倉が不思議に思って周囲を見回すと、タロは時任から身を隠すように、伊倉の後ろに回っていた。
「ほら、やっぱり」
「何がだ」
時任は語気を強めるが、伊倉は時任をなだめるように肩に手を置いた。
「タロは、時任の姿が見えなくなった瞬間に立ち止まった。俺が横にしゃがみこんでも、逃げようとしなかった。それが、戻ってきた瞬間にこれだ」
「そんな馬鹿な」
時任は伊倉の後ろを覗き込む。すると、タロはすぐに反応して今度は伊倉の前へと回り込む。伊倉の周りをグルグルと回る。追いかけっこだ。
「……」
「これで分かっただろう」
伊倉は得意げだが、時任はいまだ納得いかないという表情だ。
「ありえない。このネコは過去の世界の住人だ。俺たちのことが認識できるわけがない」
「しかし、ネコって急に誰もいない虚空を見つめたりするだろう。それって、そういうことなんじゃないか?」
時任は押し黙った。理屈の上ではありえない。しかし、目の前のタロの行動は、紛れもなく二人を認識できていることを示していた。
「でも――」
「それに」
伊倉は時任を見て気の毒そうに笑う。
「時任、お前、動物に好かれるタイプじゃないだろう? タロに近づこうとする姿勢が、動物慣れしている人のそれじゃない」
「……昔から、動物は苦手なんだ」
「やはりそうか。それなら、一つコツを教えよう。犬や猫の場合、いきなり近づこうとしないほうがいい。まずは目を合わせて、ゆっくりとまばたきしてみろ。そうすれば、誰でもそれなりに仲良くなれる」
「適当言うな」
「本当なんだが……って」
伊倉はふと我に返り、時任をつついた。
「タロが話に飽きたようだ」
タロはいつの間にか立ち上がり、どこかへと向かって歩き出していた。
慌てて追いかけようとする時任を、伊倉は腕を引っ張って止める。
「急いで追っても、さっきみたいに逃げるだけだ。別に刺激しなければ逃げないから、ゆっくり後をつければいい」
「……そうするか」
時任は頷き、ゆっくりとタロの尾行を再開した。
タロの大冒険は、まだ終わらない。




