S7−23
夏芽は後に、知ることになる。
とある記者が、コンクールに来場していた
橋本 絵美を見つけて取材した事を。
そして、彼女は教え子だと
告げたことにより。
一気に、注目を浴びる事になる。
*
結局、飛行機の時間との兼ね合いで、
彼と街を歩く事はできなかった。
しかし彼女は、
残念だとは思わなかった。
おまじないを掛けられた、
ほんの少しの時間。
その、通じ合ったことが
十分すぎるほどに、満たしていたのだ。
これから先、離れることになっても。
このおまじないを、思い出せば。
何でも、乗り越えられそうな気がした。
「東京ばにゃにゃ、ばり種類ありすぎん?」
「やっぱり、シンプルなやつが
いいんじゃないかな。」
存在をアピールするように
ずらっと並ぶ“東京ばにゃにゃ”を、
夏芽と唱磨は吟味している。
その二人の後ろ姿を、恭佑と沙綾は
少し離れた所で温かく見守っていた。
互いに好きで、付き合っていることは
よく知っている。
進路の事で、何が話されたのか。
本人たちの様子を見て、親たちが
気づかないわけがなかった。
何かを決意して、前を向き。
しっかり歩こうとしている。
それを、止めることはできない。
だが。
この繋がりは、途絶えさせたくないと。
複雑な思いが巡っている。
「······二人なら、大丈夫ですよね。」
その沙綾の呟きを、恭佑は柔らかく拾う。
「ええ。大丈夫だと思います。」
「······これからも、よろしくお願いします。」
「はい。」
その、短い会話には。
深い意味が籠められている。
最大限、支えることを。
保護者としてだけではなく、大人として。
「はぁーっ······空気がうめぇっ」
「ねっ?自分が言ってたこと、
分かるよね?」
「確かに、美味しいですね。」
「ふふっ。ホッとしますね。」
空港から地下鉄で博多駅へ向かい、
それから乗り換えて、乗り換え。
やっと四人は、地元へ辿り着く。
「帰ってきた感、すごっ」
広がる田園を見渡して、嬉しそうに笑う
唱磨に、夏芽も顔を綻ばせる。
酷い暑さと蝉の大合唱は、同じだけど。
景色と開放感が、全然違う。
青空が、広い。
「それでは、僕たちはここで。」
「先生、付き添ってくださり
本当にありがとうございました。」
「唱磨くんも。応援してくれて
ありがとうね。」
彼は、ぺこっ、と頭を下げて言った。
「これからも、応援します。」
「ふふっ。良かったわね、夏芽。」
真っ直ぐ向けられる眼差しに。
胸の奥が、きゅうっとしながらも。
彼女は、笑みを浮かべた。
「ありがとう。唱磨くん。」
その笑顔に、彼は。
満面の笑みで応える。
あの時の、おまじないは。
自分の心と彼の心を繋げる、
儀式だったのかもしれない。
だって。
溢れている。
大好きだ、って。




