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S7−21


《今ちょっと出てこれる?》



······えっ?今?


寝起きで髪はボサボサだし、

ホテルのパジャマのまま会うのも······



返事に困っていると、さらに

メッセージが届く。




《ピアノに集中したいやろうけん

 今おまじないかけてやる》




その誘惑で、浮き立つ。



唱磨くんの、魔法。


それは、かけてもらいたい。




            《5分後出てくる》




《りょーかい》





部屋着持ってきてて良かった。



夏芽は、すぐさま飛び起きて

スーツケースへ向かった。


ただ、足音を立てないように。

すやすや眠っている母親を

起こさないように、気を使って開ける。



何か抜け出すのって、ワクワクする。


さっきまで、遠く感じていた距離が

一気に近くなったような。

不思議な気分になった。




着替えて、髪をブラッシングして。

ドアの前で、息を整える。



あっ。カードキー持ってないと、

締め出されるよね。気づいてよかった。



液晶画面の近くに置いていたカードキーを

ポケットに入れて、ドアを開ける。




しんと、静まり返る廊下。


その独特な空気は、自然と

守らなくてはという気持ちにさせる。



隣の部屋のドア前に立つ、楽友の姿。


普段と変わらないラフな格好は、

リラックス効果があった。



「おはよ」



トーンが抑えられた挨拶に従い、

夏芽も小声で、“おはよ”と返す。



すぐに、唱磨は歩み寄ってきた。



その距離に、多少耐性は付いたものの

鼓動が早くなってしまう。



何を、されるのか。


よく分からないままで、さらに近づいた。



顔が、目の前。


反射的に、ぎゅっと目を閉じる。



こつん、と。額に、ぶつかった。




「お前は、最強のピアニストだ。」




それは、囁きに近かったが

この静かな空間では、十分に届いた。




「譜に宿る命を、お前の音に変えて

 体現できる。誰にも真似できない。

 だから、遠慮なく思いっきり弾け。」




優しい声音だが、強い響き。


彼女の全てを震わせた。




「風を巻き起こせ、夏芽。」




······


最強の、おまじない。


ホントに、最強だ。





そっと彼女は、まぶたを上げる。



すると、彼の真っ直ぐすぎる瞳が

視界いっぱいに映り込んだ。



どくんどくん、と。


その奥に揺らぐ光と、連動して。


全身が、熱くなる。




「傍で、聴いとるからな。」




優しく届く、その呟きは。


きゅうきゅうに、胸を締め付ける。




こんな距離で。こんなに長く。


見つめ合ったことはない。



いつもなら、恥ずかしさが勝ってしまって

すぐに離れようとしてしまう。


だけど、今は。


離れたくないと、思ってしまう。




大好き。


大好き。



目で、訴える。




ふっ、と。彼から、息が漏れた。




「俺の方が、何百倍も好きったい。

 ばかたれ。」




くっついていた額と額が、離れる。



言われたことに、ぽかんとしていると

彼は笑いながらカードキーを差し込んだ。




「じゃあ、また後でな。」




爽やかに言い放ち、ドアを開けて

部屋へ去っていった。




再び、しん、と。静かになる。




······えっ。ヤバい。


なにそれ。




きゅうきゅうが、

ぎゅうぎゅうに変わる。




最強すぎるよ。唱磨くん。








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