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「種類がちがう?女の人じゃないってこと?」
「…どうしてそうなる?」
「ちがうの?」
「残念だが私はそうではない。」
「ぶぶっ」
ウィリアムは、私を見てまた大笑いした。どうやらツボにハマったらしい。真面目に答えたのにいつも笑われてしまっているような気がする。
「かわいいね。」
「なっっ」
突然飛び出した爆弾発言に戸惑い、私の顔は真っ赤になった。すっかりウィリアムに標的にされている。
「ウィリアム、少し黙っていてくれ。」
「はいはい。」
兄にたしなめられ、ウィリアムが席を立ち空いている部屋へと向かうと、今度は兄が椅子に座り私の方を向くと視線を下げながら、話し始めた。
「我が一族が没落せずにすんでいるのは単純な話のようでそうでないのだよ。はじめは父も商売をうまく成り立たせるためにいろいろと情報を手に入れようと動いていた。ただやみくもになにかを作っても売れなければしょうがないからね。どういったものが必要とされているか、どういった動きが他の一族にあるかなど調べていたようだ。そういった才能が人より優れていた父は、さまざまな家庭の事情や一族の抱える問題などにもかなり詳しくなった。そして状況によっていろいろな情報を欲する人に出会う事で情報を譲るようになったのだ。もちろん受け渡しする情報には最新の注意を払うがね。」
「お父様が…。何も知らなかった…」
「当然だろうな。本来ならお前は知らないままで過ごすはずだったのだが。今、我が一族はさまざまな情報を仕入れることにも力を入れている。もちろん領地を管理し、商品を売買してその利益でも栄えているのだが。」
「そう…。」
「ウィリアムとは私が知り合った。ウィリアムは令嬢方のエスコート役を引き受けていたが、主にそれは令嬢方の理想の相手に嫉妬してもらうためだ。そのためにはその条件が揃っていなければ成り立たない。非常に稀なケースだが。単に令嬢の片思いでは意味がない。嫉妬するための出会いや前提、その他いろいろな条件が成り立っているか、ウィリアムは確定しなければエスコート役を引き受けることはしないからね。それに関する情報を私は譲っていたのだよ。」
「そんなことを…。」
「一見華やかな社交界も駆け引きや嫉妬渦巻く大変な世界だ。少しでも条件のよい結婚を手に入れようと躍起になっているのが普通だろ。お前にそこまでの欲はないようだがな。ウィリアムの容姿を利用して希望の殿方の嫉妬をあおり自分の思うような展開を得ようとするご令嬢方の熱心さはある意味頭が下がるよ。」
「そう…。」
「ただどういったわけか、その容姿端麗で人気の高いウィリアムのお眼鏡に叶ったのがお前だとは、わたしもびっくりしたがな。」
「えっ」
「父上が決めた結婚ではなく、ウィリアムがお前を欲しいと言ってきたんだ。」
「えっ」
「ウィリアムの父上の放蕩ぶりは知っているだろう。ただ今はだいぶ持ち直してきている。父上にかわりウィリアムが管理を始めてからはな。」
「そうなの?」
「ああ。父上も前の状態ではお前の結婚を受け入れることはなかったかもしれないが、現在の状態なら大丈夫だということと、ウィリアムがお前の事をとても気に入っていることで今回の結婚を承諾したのだ。」
「まあ…。」
「今まで我が一族の様々な事をお前に何も知らせずにいたのは知らない方が安全だという父上の判断からだった。しかし今回お前が結婚する相手がウィリアムに決まった。ウィリアムはこのことを知っていてほしいという希望なのだ。それで今回話す事になった。」
「そう…。」
話し終えた安堵感からか、兄はひとつため息をつくと、
「決して何か罪を犯すようなことには手を出していないから、安心しなさい。そしてこのことは誰にも言わないように、いいね?」
「はい。」
そう言って兄は席を立ち安心させるように私の肩に手を置いた。二度私の肩をポンポンと叩くとそのまま戸口へと行き、外へと出て行ってしまった。
「あ、お兄様。」
兄がどこに行くのか気になって兄を視線で追い、声をかけたが
「大丈夫だよ。」
ウィリアムの手が今度は私の背中に触れた。
視線を上げた私をまっすぐに見つめるウィリアムの視線が私をとらえ、私はまるでライオンに睨まれたうさぎのように動けなくなった。呼吸すら忘れてしまうほど、動悸が激しくなるのは彼の容姿のせい?それとも…
「二人きりにしてほしいと頼んであったんだ。すぐに君を迎えにくるから安心して?」
そう言ってウィリアムは私のそばに近づいてきたかと思うと、身をかがめ突然私の手を取り、手の甲にキスをしてきた。軽く、唇が優しく触れるだけの、キスだ。
突然の事でびっくりした私は突然近づいてきたその端正な顔立ちを凝視した。いたずらに私の表情をうかがうようなその視線、きめこまやかな肌のほほ、赤く濡れた唇、一瞬に脳へと届くその甘い香りに、私のいままで知らない感覚が動き出す。ざわめく鼓動と胸を締め付けるような切なさはどこからやってくるのだろう。私はどうしてしまったのだろう。もっとその香りで心を満たしたいと思うなんて。
「もっとしてほしい?」
私の反応を見て、にっこり笑ったウィリアムがそう言ったとたん、私は羞恥の感情に満たされた。
「そんな事は…」
一気に満たされる恥ずかしさで顔を真っ赤にしていることは自分でも分かる。その香りで心をもっと満たしてほしいと一瞬願っていた表情を見られていた彼にどんな言葉も通用しない、けれど、もっとその甘い時間が流れてほしいと正直に答える事も出来ない。
「かわいいね。」
そう言った彼は膝をついてしゃがむと腰掛けていた私をそっと抱き寄せ、その大きな胸の中に私を収めた。
「ごめん。こんなことする予定じゃなかったんだけど。」
そのぬくもりが心地よく私を包んで私は何も言えなかった。ただそのぬくもりがずっと私を包んでくれればいいのにと、思った。
「君を見つけた時、ほっとしたんだ。」
「えっ?」
「男女の駆け引きを間近でみていて感情のやり取りにうんざりしていた頃があって。その時ある舞踏会で僕のエスコートしていた人が気分が悪くなったんだ。そのときその人を君が介抱してくれた。きっと覚えていないだろうけど。」
「…」
「なんの見返りも求めず、ただ困った人に手を差し伸べている君をみて、ほっとした。」
「…」
「それから君を見かけるたび、見つからないように視線で追っていた。知らなかったでしょ?」
「はい…。」
「誤解のないようにしたかったんだ。あんな所を見られたし、それにきっと君は僕の事を誤解しているだろうことは分かっていたから。」
「…」
「ゆっくりでいいから、君に僕の事を好きになってもらいたいんだ。君に本当の僕を知ってほしい。」
そう言って、ウィリアムは私の両腕を掴み、少し引きはなすと私の目を窺う。私は何も言えず、ただその目をまっすぐ見つめた。
「ぼくと結婚してくれる?」
私はその一言を聞き、さっきまではやっていた鼓動が止み、優しさに包まれたのを感じた。彼の緊張を感じたからだ。決して世界の違う話ではなく、今ここで私の返事を待っている彼を守りたいと思う感情がわき起こる。彼のそばで彼の人生に関わって生きていく事を望んでいる自分がいる事に気づく。心のどこかで知っていたような気がする。運命を受け入れる瞬間を。誰かとともに手を取り合う瞬間を。
そしてそれは、他の誰でもない、彼だったのだ。
「だめ?」
何も言えない私にもう一度聞いてきたウィリアムを見て、頭を横に振り、
「いいえ。」
そう答えた。




