4
「どうしてこれをお兄様が?」
手紙を読んだ私が先ず不思議に思ったのは、どうして兄がウィリアム様からの手紙を預かっているのかということ。先ほど執事はお父様に手紙を渡した。もし届いた手紙の中に兄宛がればいつもお父様から兄へ手渡されているのに。手紙は一緒には届かなかったということになる。
「僕とウィリアムは全く知らない間柄ではない。ただ、僕の口から今言えるはこれだけだ。きっと明日本人から話があるはずだから。」
いつもはもっとのんびりとした雰囲気の兄とまとっている空気が違うように思う。こんな兄は初めてだ。なにが起こってもおっとりとしているのに今はどこか凛々しい。そしてこの事についてあまり多くを答える気はない、そう態度で語っている。
「どういうこと?さっぱりわからないわ。でもお兄様は昨日私とウィリアム様になにがあったか知っているのね?」
「ああ。沈没したといった事だろう?」
「ええ。」
「知っている。見ていたからな。」
「えっ。」
「すまない。」
びっくりした私の顔を見て困ったような顔をした兄が、一言謝った。
「少し事情があってな。飛び出したお前を追いかけようと思ったが…ウィリアムが出ていったものだからやめたんだ。」
兄とウィリアム様がお知り合いだなんて。そんなそぶりはいままで見た事もないのに。
「どういうことなの?」
「すまない。今は詳しく言えないんだ。ウィリアムに口止めされているというか。本人自身が話したいらしいから。」
これ以上話せないという兄を責める訳にも行かず、私は視線を兄からそらし手元を見つめた。とりあえず私の身に起こった事を兄は知っている。その事実が私を少し冷静にさせる。
「…。分かったわ。とりあえず明日お兄様とお出かけするわ。」
「ああ。そんなに心配することはない。ただお前はこの結婚、乗り気ではないのか?」
「…」
「まあ、おまえの態度を見ていて分からなくはなかったが…。そんなに悪いやつじゃないと思うぞ。彼は。」
愛人がいるようなひとを悪い奴じゃないって言われてもそんなに簡単に信じられない。 ただ心配そうな兄の顔を見ていると、なんだがくすぐったい。いままでにない雰囲気の凛々しい兄なんて初めてだし、それに今までそんなに妹の私を心配したことなんてあったかしら。
「お兄様。心配してくださってありがとう。」
「ああ。じゃあな。」
話し終わった兄は、どこか安心したようにうなずいて、私の部屋を出て行った。
「ここは?」
「彼の隠れ家といったところかな。」
「隠れ家?」
翌日兄と私が乗った馬車が小さな宿屋のような建物のまえで止まった。小さなれんが造りで扉もこじんまりとして小さい。意識しなければ他の建物に紛れすぐに通り過ぎてしまいそうだ。兄が馬車を降り、私の手を取ってくれる。扉を一度ノックしたあとすこし間を空けて三度ノックする。すると扉が内側から開かれた。兄は背後から私の背中をそっと押し、入るようにように促した。先に私が、続いて兄も中に入った。
入ってすぐの場所には何も置かれず、隣の部屋に洒落たテーブルとソファがいくつか置かれている。そしてそのそばにウィリアムが立っていた。
「やあ、ようこそ。未来の奥様。」
あいかわらず整った顔に今日は少しくつろいだ表情も見える。彼の優しそうな顔を見てどきっとする。舞踏会で見慣れた遠く離れた場所からの彼と、近くで見る彼の印象があまりに違って戸惑ってしまう。
「ごきげんよう、ウィリアム様。」
なんだかまともに顔を見れないので、うつむき加減に姿勢を正しお辞儀をする。目を合わせたら最後、今までの私から生まれたとは思えないこの感情をすべて見透かされそうな気がする。どうしよう。彼を見て私の胸は高まっている。
「ウィリアムと呼んでくれ。」
「…はい。」
ニコニコしながら見つめられても、困る。どういう反応をすればよいというのだろう。
兄は窓の側まで歩いていき外を眺めている。ウィリアムは、私に座るように促し、私が座ると自分も腰かけた。
「この間はすまなかったね。見苦しいところを見せてしまって。」
「いえ。」
私の表情を確認しながら会話を進めようとしているのか、視線を感じる。けれど私は視線をテーブルからあげる事が出来ない。そんな様子をみてか、少し間を置いてウィリアムが話し始めた。
「一度成功してね。」
「えっ?」
急に何を話しだすの?びっくりして思わず顔を上げた。あいかわらずにこにこしているウィリアム。
「そのときにえらく感謝されてしまってね。なんだか知らないうちにその話が少し広まったみたいだ。ちょうど父親を頼る事をあきらめなきゃいけない時だったから、まあ始めたんだけど。君との結婚が決まったから、やめようと思ってたら、どうしてもって頼まれてさ。この間の彼女が最後のお客だったんだ。君が来る事は知ってたんだけど。あの舞踏会でなければ意味がなかったものだから。申し訳なかったね。」
何の話なのか、よくわからない。ウィリアムの話が進むにつれて眉間にだんだんと深いしわが出来ていたようだ。私を見ていたウィリアムも同じように眉間に深いしわをだんだんと作ったかと思うと
「すげー顔。ふっ、はっはっは」
と突然笑い出した。ぎょっとした私の反応を見て、もっと笑い出した彼が横向きになり、
「おもしれー、お前の妹、おもしろいわ。」
と兄に話しかけた。
「おい、笑い過ぎだぞ。ウィリアム。」
そう言って兄は少し困ったような顔でウィリアムをたしなめた。ずいぶん二人は仲が良い。まるで何年も一緒の兄弟のように。知らなかった。ずいぶん兄とウィリアムは親しいのだ。そのようなそぶりはまったくみせていなかったのに。
「未婚女性がより条件のよい縁談を成功させるために僕を雇うんだ。そして、理想の結婚を手に入れる。そのお手伝いをしてたんだよ。ぼくは。」
ウィリアムはすっかりすっきりした顔をして私を見た。
「だから、彼女も商売客の一人で、つきあったりも全然していない。安心して?潔白は兄上が保証してくれるって。」
にやにやした顔になったウィリアムは、なっ?っと兄に同意を求めた。兄はしょうがないな、というように肩をすくめている。
「えっ?」
兄が何を保証するというのだろう。ウィリアムはにやにやして私と兄を交互に見ている。
「おまえに内緒のことが私にもあるんだ。」
「えっ?」
「私もそういった商売をしているんだ。ウィリアムとはちょっと種類が違うけれどね。」




