第9話 三十秒の火事
鏡はその夜、オルド立会いで証拠品になった。
盗品であること、受け取った経緯、触れた人間。レインはすべて書いた。怪盗から渡された以上、内容の真偽も確認する必要がある。
「気に入った相手の証拠だけ、無条件に信じるな」
オルドの忠告に、ミラが頷く。
「気に入っていません」
レインは少しだけ咳をした。
再生の石を押すと、鏡面に部屋が浮かんだ。
白い寝台。小さな子供が三人。医師らしい男が、右手に薬瓶を持っている。
ミラが机の縁を掴んだ。
「父です」
画像は動いた。男が薬を渡し、子供たちを奥の扉へ誘導する。
最後尾の子供は、右手を包帯で巻いていた。
男の背後を、灰色の制服が通った。
燃える赤い光が、窓へ映る。
三十秒。そこで映像は終わった。
「父は、子供三人を毒殺してから病院に火を付けたとされた」
ミラの声は平らだった。その平らさが、痛かった。
「これだけでは、その前後は分かりません」
レインは言った。
「でも、少なくとも映っている間、三人は生きて、自分で歩いています」
ミラは頷いた。
「父が何を飲ませたかは、まだ分からない」
「だから薬瓶と、時刻を調べましょう」
鏡は七年前の判決では、記録能力を失った装飾品とされていた。
「父は、院長室で記録を作る習慣があった」
ミラが言った。
「患者の歩き方。手がどれだけ上がるか。治療の前と後を比べるの。子供の私も、何度か立たされた」
「では、最後の映像も診療記録かもしれません」
「父が、誰かを告発するために撮ったと決めるのも、早いのね」
レインは頷いた。
二人は三十秒を繰り返し見た。
男は子供へ怒鳴っていない。最後尾の子が立ち止まると、膝を曲げて、目線を合わせていた。
ミラはその動きを、よく知っている。
父の仕事の邪魔をして怒られたときも、机の下へ隠れたときも、父は膝を曲げた。
「いい父親に見える、ということは、証拠にはならない」
彼女は自分へ言うように呟いた。
「でも、それを覚えているのは、悪いことではありません」
レインが答えた。
ミラは鏡を見たまま、息を吐いた。
「ありがとう。両方、持っておく」
なぜ今、再生できたのか。
鏡の石には、新しい銅線が一本巻かれていた。切れた接点をつないだ修理だった。専門家は、記憶部分に手を入れた痕跡はないと確認した。
壊れていたのは再生の仕組みで、記録そのものではなかったのだ。
レインは映像に見えた廊下の時計を書き写した。
六時十分。
七年前の火災発生記録は、六時四十分。
その三十分の違いは、何を意味するのだろう。
窓の赤い光を、レインはもう一度見たかった。
何度でも、同じ三十秒に戻れる。
死んだことにされた子供たちが、まだ歩いている三十秒に。




