第8話 盗みのあとで皿を拾う
午後の作業記録には、ルカの名があった。
保護枠の内側には、鏡一枚を隠せる深さがある。館主が見せた搬入図面にも、その厚みは描かれていた。
「枠の中に、本物を入れて持ち出した」
ミラが言った。
「その可能性は高い。でも、作業員は三人いました。ルカさんだけとは、まだ言えません」
レインは箱の底を見た。置き台に円形の埃のない跡がある。今ある偽物の脚は、四角かった。
交換されたのは、少なくとも八時の封鎖前だ。
搬入口へ行くと、保護枠を運ぶ荷車が止まっていた。車輪を外され、出口を塞いでいる。
その向こうから、革靴が一足現れた。
続いて、濃紺の外套。
最後に、白い狐の仮面。
「本命は、こっちか!」
ミラが剣を抜いた。
ノクスは広げた両手のうち、右手で帽子を取った。
左手は、右より少し遅れて上がった。袖から見える手袋の縫い目は、さっきの錠前師と同じ細い青糸だ。
レインは口を開きかけた。
しかし、服は取り替えられる。手袋も、借りられる。
「ルカさんは、どこです」
「さあ。請求書を作っているかもしれない」
ノクスは答えた。
「あなた方は、私を追ってきた。誰かを捜す余裕まで、ある?」
「あなたのせいで、増えたんです」
ミラが距離を詰める。
「盗品を渡して投降すれば、一人減る」
「魅力的な計算だね」
男の右手が、腰の細い綱へ触れた。レインは綱を目で追った。床の滑車を通り、天井へ上がっている。
逃げ道は、先に用意されていた。
壁の明かり窓も、取っ手へ細い紐が掛かっていた。
怪盗の奇跡は、近くで見ると綱と結び目でできている。
それでも、自分があの綱にぶら下がれるとは、レインには思えなかった。
「話の分かるお嬢さんだと思ったのに」
「皿を拾う人なら、もう少し好きになれた」
「ご期待には、できるだけ応えています」
刃が閃く。男は荷車の下へ滑り、反対側から立ち上がった。外套の裾が切れ、床へ落ちた。
レインの足元を、小さな車輪が転がる。
ノクスがそれを蹴った。荷車が傾き、通路の奥に積んであった干し草が崩れる。
ミラは避けた。レインは避けられなかった。
「失礼」
男に襟を掴まれ、横へ引かれる。
「自分の足で歩ける探偵を招待したつもりでした」
「まだ探偵ではありません」
「名乗るほうが、先だよ」
仮面の目が、一瞬だけ真面目になった。
背後で剣先が壁へ刺さる。
ノクスは小さな包みを、レインの腕へ押し付けた。
「では、お二人で。白い石で再生できる。黒い石は押さないように」
「待ちなさい!」
ミラが追う。
地下の出口で、男は用意していた縄へ飛びついた。上から吊ってあった砂袋が落ち、その重みで体が持ち上がる。
壁の高い明かり窓が開いた。
「階段は嫌いなんだ。働きすぎるから」
彼は夜へ消えた。
レインの腕には、本物の記憶鏡が残っていた。




