第7話 捕まえたのは誰だ
「怪盗ノクス!」
ミラが駆けた。
白い仮面の男は二階の欄干から、広間へ紙片を撒いた。羽根のように舞った紙には、七年前の救済基金の数字が印刷されている。
客たちは床の紙を拾う。誰かが笑い、誰かが顔を青くした。
「優雅な夜に、帳簿は野暮でしたか」
男は鏡を腕に抱えて走った。
ミラが階段へ踏み込む。レインも続いたが、三段で息が上がった。
「置いていきます!」
「呼吸だけ、置いていかないでください!」
二階の廊下で、男は足を止めた。先には警備兵が二人。背後からはミラ。
逃げ場はない。
彼は両手を上げた。
「降参。降参です!」
仮面を取ると、顔にそばかすのある青年だった。
「フィン・ロウ。役者です。依頼されたんです、九時に仮面を付けて、ここまで走れって」
抱えていた鏡は、軽い木板に銀紙を貼った舞台小道具だった。
フィンは膝へ手を付いた。
「本物だったら、階段を駆け上がれません。重すぎますよ」
ミラが広間を見下ろす。
「警備兵が追ったのは、こちらの鏡。展示箱を見張る人は、その間に二人減った」
「でも、封鎖はそのままです」
レインが言った。
何かを守る仕掛けが正常なら、盗まれていない。
それは一見、筋が通る。だが、仕掛けが守り始めた瞬間に、何が中にあったかを知っていなければならない。
「その仮面、裏を見せてください」
フィンが差し出した仮面には、薄い紙が貼られていた。
『捕まったら、役者の仕事だったと正直に。報酬は返さなくていい』
「ずいぶん親切な依頼人」
ミラの声に、冷たさが戻る。
「正直に話すところまで、役を付けられていたのね」
レインは紙を外して包んだ。
怪盗は人を騙す。
騙された人がどこへ行くかまで、考えている。
それを優しさと呼ぶには、フィンの顔色が悪すぎた。
「誰に?」
「帽子の女の人。声が低かった。報酬は前払いで、銀貨三枚」
広間では、展示箱の確認が進んでいた。
封鎖結晶は青いまま。箱の中に、鏡はある。
館主が胸を撫で下ろした。
「悪質な余興だ。品物は無事だ」
レインはガラスの箱へ近づいた。
鏡の柄にあるはずの、再生用の石がない。
銀色の丸い飾りが、それらしく付いているだけだった。
「これも偽物です」
館主は顔をしかめた。
「馬鹿な。八時から、箱は一度も開けていない」
「八時より前には、開けていますね」
そのとき館の奥で、低い笛が鳴った。
地下の搬入口を知らせる音だった。
広間の大時計の下に、さっきまでなかったカードがある。
『犯行時刻を決めたのは、私ですか。それとも、あなた方ですか。
今夜九時に「頂戴したことをご報告する」と、警備室には書いたはずですが。』
レインは招待状を思い出した。
自分の手紙には、ただ会う時刻しか書かれていなかった。
怪盗は九時に現れた。
だから九時に盗んだ。
そのつながりを、誰も疑っていなかった。




