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魔法では解けない謎がある  作者: 渋谷 爽月
第2章「怪盗のいない予告状」

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第7話 捕まえたのは誰だ

「怪盗ノクス!」


 ミラが駆けた。


 白い仮面の男は二階の欄干から、広間へ紙片を撒いた。羽根のように舞った紙には、七年前の救済基金の数字が印刷されている。


 客たちは床の紙を拾う。誰かが笑い、誰かが顔を青くした。


「優雅な夜に、帳簿は野暮でしたか」


 男は鏡を腕に抱えて走った。


 ミラが階段へ踏み込む。レインも続いたが、三段で息が上がった。


「置いていきます!」


「呼吸だけ、置いていかないでください!」


 二階の廊下で、男は足を止めた。先には警備兵が二人。背後からはミラ。


 逃げ場はない。


 彼は両手を上げた。


「降参。降参です!」


 仮面を取ると、顔にそばかすのある青年だった。


「フィン・ロウ。役者です。依頼されたんです、九時に仮面を付けて、ここまで走れって」


 抱えていた鏡は、軽い木板に銀紙を貼った舞台小道具だった。


 フィンは膝へ手を付いた。


「本物だったら、階段を駆け上がれません。重すぎますよ」


 ミラが広間を見下ろす。


「警備兵が追ったのは、こちらの鏡。展示箱を見張る人は、その間に二人減った」


「でも、封鎖はそのままです」


 レインが言った。


 何かを守る仕掛けが正常なら、盗まれていない。


 それは一見、筋が通る。だが、仕掛けが守り始めた瞬間に、何が中にあったかを知っていなければならない。


「その仮面、裏を見せてください」


 フィンが差し出した仮面には、薄い紙が貼られていた。


『捕まったら、役者の仕事だったと正直に。報酬は返さなくていい』


「ずいぶん親切な依頼人」


 ミラの声に、冷たさが戻る。


「正直に話すところまで、役を付けられていたのね」


 レインは紙を外して包んだ。


 怪盗は人を騙す。


 騙された人がどこへ行くかまで、考えている。


 それを優しさと呼ぶには、フィンの顔色が悪すぎた。


「誰に?」


「帽子の女の人。声が低かった。報酬は前払いで、銀貨三枚」


 広間では、展示箱の確認が進んでいた。


 封鎖結晶は青いまま。箱の中に、鏡はある。


 館主が胸を撫で下ろした。


「悪質な余興だ。品物は無事だ」


 レインはガラスの箱へ近づいた。


 鏡の柄にあるはずの、再生用の石がない。


 銀色の丸い飾りが、それらしく付いているだけだった。


「これも偽物です」


 館主は顔をしかめた。


「馬鹿な。八時から、箱は一度も開けていない」


「八時より前には、開けていますね」


 そのとき館の奥で、低い笛が鳴った。


 地下の搬入口を知らせる音だった。


 広間の大時計の下に、さっきまでなかったカードがある。


『犯行時刻を決めたのは、私ですか。それとも、あなた方ですか。

 今夜九時に「頂戴したことをご報告する」と、警備室には書いたはずですが。』


 レインは招待状を思い出した。


 自分の手紙には、ただ会う時刻しか書かれていなかった。


 怪盗は九時に現れた。


 だから九時に盗んだ。


 そのつながりを、誰も疑っていなかった。

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