第4話 密室に入らなかった殺人者
セラの事務室には、毒薬は見つからなかった。
レインはそれを、オルドに隠さなかった。
「僕の考えが間違っている可能性もあります」
「あるだろうな。だから調べる」
許可を得て調べた洗濯籠から、昨日の手袋が出た。親指の蜂蜜の染みに、夜眠草の成分が残っていた。
納品業者は、セラが前日の夕方、同じ形の空瓶を一つ買ったと証言した。台帳には彼女の署名もある。
レインは書斎に関係者を集めた。名推理を披露するためではない。物の場所と人の記憶を、同じ部屋で確認するためだった。
「テオ君が退出したあと、セラさんは蜂蜜の瓶を替えた。ご主人が召し上がる分だけ濃い毒を混ぜ、赤い杯に入れた」
「推測でしょう」
「その通りです。瓶の購入記録、手袋の毒、杯の検査結果を組み合わせた推測です。あなたが無実なら、別の説明を聞きたい」
セラの背後で、ヴォスが腕を組んでいた。
「本物の蜂蜜瓶は持ち帰り、取り違えた蓋だけ暖炉へ捨てた。毒の瓶には清潔な蓋を付けて、卓に残した」
「なぜそんな面倒を」
「毒を入れたところを見られたくなかった。飲み終わった杯に、残った蜂蜜を注いでごまかすこともできない。だから、毒は最初から瓶にあった」
ミラが検査票を卓に置いた。
「瓶の中にも毒が残っていました。殺したい相手が自分で蜂蜜を使った、という説明を作るためですね」
セラの口が、少し開いた。
「主人は、蜂蜜の蓋を自分では開けられなかった」
セラが言った。
「右手を痛めてから、できないことが増えた。手紙も私が封をして、外套も私が掛けた。毎日、毎日」
ミラは彼女の前へ椅子を引いた。座るよう勧めたわけではない。逃げ道を塞ぐ位置でもなかった。
「その信頼を、使ったのですね」
セラの指が、膝の上で動いた。
「お金を返せないと、言えたはずでした。主人は怖い人じゃなかった。でも、優しいから、失望されたくなかった」
レインは、答えを用意できなかった。
優しい人に失望されたくない気持ちは、知っている。それがなぜ殺すという選択になるのかは、分からない。
「飲み終わって、私に礼を言ったんです。今日は蜂蜜が濃くていい、と」
セラは顔を覆った。
料理人が、廊下へ出ていった。嗚咽を聞かせないように口を押さえている。
この部屋で解けたのは、殺し方だった。
誰かが傷ついた理由まで、同じようにすっきり片付くわけではなかった。
「八時十五分、アルマンさんは死んだ。でも、そのときあなたが部屋にいる必要はない。毒を飲んだのは、七時四十分過ぎです」
レインは机の鍵を置いた。
「これは遺言でも、犯人を示す暗号でもありません。帳簿の写しを作るために使い、体調を崩したとき、たまたま手にあった。少なくとも、鍵を握っていたことから犯人は決められない」
誰も話さなかった。
やがてセラが、椅子へ座った。
「主人が、その帳簿を公表するつもりだったから」
声は小さかった。
「基金から、お金を抜いたのは私です。最初は母の治療費でした。返すつもりでした。返せる額じゃなくなったのに、やめなかった」
ヴォスが前へ出る。
「それ以上は取調室で」
セラは彼を見た。
「帳簿を渡せば、主人には話をつけるとおっしゃったのに」
レインのペンが動いた。
今の言葉は、一字も落とせなかった。




