第3話 二つ目の蓋
アルマン邸を訪れ直す許可は、主任捜査官オルドが出した。
「ヴォス監督官には、私から言う」
白髭の捜査官は、レインの調書の注釈に指を置いた。
「記録官は、人の機嫌を記録する仕事じゃない」
書斎は昨日のままだった。レインは暖炉の灰を掻き分けた。
金属の丸い蓋が出てきた。
瓶の口径には合う。だが、蜂蜜の瓶と一緒に廊下へ回収されていた蓋とは違う。
回収品の蓋は縁まで洗ったように清潔で、灰から出た蓋の内側には、乾いた蜂蜜の筋が付いていた。
「瓶を二つ、用意した?」
「たぶん。でも、誰が持ち込んだかは、これだけでは決まりません」
ミラは灰の蓋を包む。レインは鍵を受け取り、机の小引き出しを開けた。
中は空だった。
ただ、底に四角く紙の日焼け跡がある。
「何かを保管していた」
鍵の柄には黒い粉が付いていた。鑑定官が煤と呼んだものだ。指で触ると、光が銀色に滑る。
「黒鉛です」
レインは卓の吸い取り紙を持ち上げた。下に、薄い紙が一枚。数字と線が、逆向きに写っている。
ミラが窓際へ持っていき、透かしてみた。裏から見ると数字は逆になる。表へ返せば、いくつかの桁が読める。
「これを、証拠にしていいの?」
「読める部分は。ただ、帳簿の原本と一致するかは確かめないと」
レインは机の脇の紙屑籠から、使い終わった請求書を一枚拾った。筆圧で裏に残った溝へ薄紙を重ね、落ちていた黒鉛の棒を寝かせて擦る。
線が浮かんだ。
次に鍵の平らな柄で同じことをした。鍵には紙を破くほど鋭い角がなく、細かな数字の溝を追いやすい。
「魔法を使わずに、写しが作れる」
ミラは、二枚を並べた。
「帳簿を持ち出した人は、これに気づかなかった」
「ご主人が、どこまで準備していたのか分かりません。少なくとも、何かを残そうとした」
鍵はただの金属だった。
死者の指から、都合のいい意味を読み取ることはできない。
けれど、彼が使った道具と置いた紙は、まだ話の続きを持っていた。
アルマンは引き出しの書類の上に薄紙を重ね、鍵の平らな柄で黒鉛を擦ったのだ。筆圧で残った凹みを浮かせた、帳簿の写しだった。
数字の横に、青い封蝋の欠片が付いている。
「司法救済基金。七年前の支払いです」
ミラの顔が曇る。
「父の裁判があった年」
レインは聞き返さなかった。彼女が言い終えるのを待ったが、それ以上は続かなかった。
廊下へ出ると、セラがいた。
「主人の鍵を、お持ちですか」
「引き出しのものですね」
「ええ。昨日も、その鍵で開けていました」
「昨日の、いつです?」
「私が帰る前です。七時五十分ごろ」
料理人は、七時五十二分に門を閉める音を聞いている。セラの退出時刻は一致していた。
レインは彼女の手袋を見た。今日は新しい。
「アルマンさんが鍵を握っていたので、扉を閉めたのかと思った方がいました」
セラは首を振った。
「あの鍵は、机の鍵です」
彼女は当然のように答えた。
その当然を、ヴォスは確かめていなかった。




