第2話 犯人になりたい少年
テオは十七歳だった。
面会室に入ってきた少年は、姉を見た瞬間に口を結んだ。その右手には、仕立て針の細かな傷が並んでいた。
「僕がやった」
「どうやって?」とレインは聞いた。
「魔法で」
「何の魔法?」
「人を……殺す魔法」
ミラが息を吸う。レインは先に机へ紙を置いた。
ミラは弟の襟元を見ていた。
少年の服はきちんと縫い直されている。袖口の布は古いが、破れたままの場所はない。自分の衣服まで、仕事場から余った糸で直しているのだろう。
「昨日の夕飯は何を食べた?」
レインの問いに、テオは面食らった。
「……芋の煮たの」
「誰と?」
「工房の人と」
「何時に?」
「鐘のあと。八時半くらい」
レインは書いた。
ヴォスの用意した自白では、テオは犯行後、八時すぎまで屋敷の近くで様子をうかがったとされている。工房までの道は、少なくとも半刻かかる。
まだ証言を確かめていない。それでも、工房の仲間へ聞くべきことはできた。
「何で夕飯なんか」
「覚えていることから話してほしい。事件の名前を、無理に付けなくていいから」
テオは机の紙へ目を落とした。
捕まってから、最初に聞かれたのは『認めるか』だった。こんなことを、誰も聞かなかった。
「君の登録は、糸を硬くする補修魔法だ。アルマンさんの襟を直した?」
テオの目が紙へ落ちた。
「ほつれていた。届けたときに頼まれた」
「その接触で、襟に君の魔力が残る」
「でも、僕が犯人なんだ」
声は強くなった。強すぎた。
罪を逃れたい人間の声ではない。罪から逃がしてもらうことを恐れている。
レインは面会簿を見た。逮捕後、テオと単独で話したのはヴォスだけだった。
「誰を守るように言われた?」
「誰も」
少年の視線が、姉の徽章へ走る。
ミラが椅子を引いた。
「テオ。私のことなら、勝手に守らないで」
その声だけが、捜査官ではなく姉の声だった。
少年は唇を噛んだまま、何も言わなかった。
面会後、二人は裁判所の薬師に会った。アルマンの口元には、夜眠草を濃縮した薬液の痕跡があった。治療に使う薄いものと違い、濃縮液は猛毒だ。飲んでから症状が出るまで、通常二十五分から四十分。
「八時に封鎖。八時十五分に死亡なら、封鎖の前に飲んだ可能性がある」
ミラが言う。
「毒の混入時刻を、密室の成立時刻と取り違えているんです」
レインは茶器の検査表をめくった。被害者の赤い杯からだけ毒が出ている。秘書の白い杯は陰性。茶壺も陰性。
料理人は、廊下で待っていた。
「茶は七時四十分に。いつも通り、旦那様には赤、セラ様には白です」
「砂糖は?」
「旦那様は蜂蜜。セラ様は何も入れません」
「蜂蜜は、料理人が?」
「卓に瓶を置くだけです。旦那様は蓋を開けるのが苦手でして。右手を痛めてから、セラ様が」
白い手袋の、親指の染み。
レインは思い出した。
そして、面会室のテオは左手で鉛筆を持っていた。
「毒を入れた人と、犯人になりたい人が、同じとは限りません」
ミラは返事をしなかった。
その代わり、弟の自白調書を、最初の一行から読み直し始めた。




