第1話 魔法鑑定は、嘘をつかない
死んだ男が握っていた鍵は、扉の鍵ではなかった。
レインがそれに気づいたとき、部屋ではすでに犯人の名前が読み上げられていた。
「被害者の襟から、テオ・リデルの魔力痕を検出しました」
王都裁判所の鑑定官が青い灯を掲げる。宙に浮かんだ六つの紋様が、容疑者の登録印と重なった。
魔力は、触れたものに持ち主の印を残す。十二時間以内なら、鑑定灯で拾える。ただし、それが証明するのは接触だけだ。
記録官見習いのレインは、その最後の一文を調書に書いた。
王都アルセリアでは、夜になると街灯へ魔力を注ぐ仕事がある。薪に火を付けるより速く、油を継ぎ足すより安い。
レインは、その仕事にも就けなかった。
十歳の検査で、魔力を外へ出す器官がほとんど働かないと分かった。医師は病気ではないと言い、職業案内の役人は選択肢が少ないと言った。
裁判所の古文書係ハルだけは、別のことを言った。
『読めるなら読め。読めない字があれば、聞け。魔法を使えても、それができない奴は多い』
そうして拾われた仕事だった。
だからレインは、耳で聞いたことと、自分の考えを分けて書く。見えたものと、まだ見ていないものも。
床には、被害者の足元まで伸びる薄い敷物があった。縁は折れず、椅子も倒れていない。鍵だけが、右手に強く握られていた。
揉み合ったように見えない。
しかし、揉み合いがなかったことを証明するわけでもない。
その違いを一行へ収めようとしたところで、背後の声が落ちてきた。
「余計な注釈は要らん」
捜査監督官ヴォスの声に、ペンが止まる。
財務監査官アルマンは、自宅の書斎で死んでいた。扉には午後八時に作動した封鎖結晶があり、青いままだった。人が通れば砕ける。窓にも同じものが付いている。
結晶の灯は、人が境を越えたかを示す。壁の向こうの出来事までは記録しない。封鎖前に起きたことも、もちろん。
卓上には茶器、蜂蜜の小瓶、燃えさしの暖炉。壁時計は八時十五分を指している。
その十五分間に、誰も入れない部屋で男が死んだ。
「接触した最後の人物は、七時三十五分に外套を届けたテオだ。七時四十五分に退出。本人も犯行を認めた」
「何をしたと?」
「今は、それをお前が聞く必要はない」
レインは死体の手を見た。鍵には小さな三角の歯が二つ。扉の鍵穴は長い四角だ。
「鍵を握って死んだ理由も、聞く必要はありませんか」
室内の空気が冷えた。
「死に際に、自分で扉を閉めた証拠だろう」
「これでは、その扉は開きません」
ヴォスが歩み寄る前に、女の捜査官が死体の手元へしゃがんだ。
赤い襟巻き。雨で濡れた銀髪。胸には第三捜査室の徽章。
「……本当ね」
彼女はレインを見上げた。
「ミラ・リデル。テオは私の弟よ。だから私は、この事件の主任にはなれない。でも、間違った記録をそのままにはできない」
「レインです。まだ見習いですが」
「目は、見習いじゃなさそう」
褒められたことより、彼女の指が震えていることが気になった。
廊下で、秘書のセラが泣いていた。七時四十分、最後に茶を一緒に飲んだという。白い手袋の親指には、飴色の染みがあった。
レインは調書の余白に、二つ書いた。
鍵は扉のものではない。
蜂蜜の瓶に、蓋がない。
ヴォスが調書を閉じる。
「この事件は終わっている」
レインはペンを置かなかった。
終わっている事件なら、どうして全員が、説明を嫌がるのだろう。




