第28話 怪盗の手が空になる
正午の鐘は、白鷺館の屋根から鳴った。
同時に、空へ銀色の紙が散った。
羽根の形をした資料の写し。救済金の流れと、三人の生存確認。誤りを認めた裁判所の告示も付いている。
空中の演出は、館の旗を上げる滑車を使っていた。ノクスが朝から鳩の餌箱に見せかけて設置した紙箱が、正午の旗揚げで開いたのだ。
玄関のそばで、楽団が演奏を止めた。
客は頭上を見上げ、紙を拾った。給仕も、御者も、外で待つ新聞売りも。
一枚を拾った男が、隣の人へ読んで聞かせている。
文字を読めない人にも、届く。
レインは、人の声が広がる様子を見ていた。
いつもは閉じた部屋で扱う数字が、町の言葉へ変わっていく。
ガルドが怒鳴った。
「誰がこれを許可した」
オルドが、告示の写しを示した。
「公表内容は裁判所のものです。屋根に上がった手段は、別に調べます」
ミラが、目だけでノクスを探した。
怪盗は二階の影から、右手をひらひら振った。
「後で叱る」
彼女は小さく言う。
レインには、その声がなぜか頼もしく聞こえた。
華やかな演出に酔わず、するべきことを続ける人がいる。
紙が舞っても、令状の効力は変わらない。
彼は、告示の数字と原本の照合表を、オルドへ渡した。
九時に盗んでいなかった怪盗は、正午にも、舞台へ出てくる必要がなかった。
ガルドが、演壇の前で紙を踏んだ。
「犯罪者の戯言だ」
ミラが玄関へ立った。
「こちらは裁判所の令状です」
オルドと兵士が両側の出口へ向かう。
ガルドは演壇の裏へ退いた。使用人専用の廊下から、荷揚げ籠へ飛び乗る。
ノクスは二階の欄干から飛び降り、籠の縁へ手を掛けた。
長官の鞄には、火災前の薬品検査原本が入っている。捜査員が控室へ来ると知り、保管箱から持ち出したものだ。
「その鞄だけ、置いていってもらえるかな」
ノクスの右手が革紐を掴む。
ガルドが、非常用の留め金を蹴った。
荷揚げ籠の支えが外れる。下には、逃げようとする使用人たち。
皿を落とした、あの給仕の少女もいた。
ノクスは鞄を放した。
両手で、籠の安全索へ飛びつく。
古い火傷が裂けた。
縄が、指の間を滑る。
「どいて!」
彼は叫んだ。
少女が走る。オルドが別の使用人を引いた。
ミラが二階の制動輪を回す。
籠は床へ着く直前で止まった。
ノクスが膝をつく。
ガルドは廊下へ逃げた。そこで、レインとテオに行く手を塞がれた。
剣はない。テオが、カーペットを引く。
長官は足を取られて転んだ。
レインは鞄を踏まず、男の両手が見える位置に立った。
「もう、書類だけでは逃げられません」
兵士が追いつく。
地下で、ノクスは空っぽの手を見た。
少女が彼の腕へ、両手を添えていた。
「皿の分、まだお礼を言ってなかった」
怪盗は息を切らして笑った。
「また、計算が合わなくなった」




