第26話 監督官の娘
ヴォスは、朝まで何も話さなかった。
尋問を担当するのは、オルドと、事件に関与していない捜査官。レインは記録のため同席した。
机へ、失われた帳簿を置く。
「アルマンからセラが持ち出したものですね」
返事はない。
「あなたがハルの部屋へ運んだ複製筒も、調べています。指示の声を入れ、空の溝で時間を空け、そのあと悲鳴が流れる長巻筒。時計の始動設定は、八時五十五分でした」
ヴォスの目が、わずかに動いた。
レインは続けた。
「僕はいつも、約束の五分前に着く。それを、申請の面会簿から見たのですか」
「遅れてきても、結果は変わらん」
初めて言葉が出た。
「九時三分に悲鳴がする。衝立を回る。死体に触る。お前のような人間なら、放っておけない」
ヴォスは、両手を机に置いた。
いつも調書の余白を叩いていた指が、動かなくなった。
レインは、握ったペンの先を見た。力を入れすぎて、紙に穴が開きそうだった。
「顔を見れば分かったのに、と思いました」
彼は言った。
「先生が死んでいると分かっていれば、僕は騙されなかった。でも、先生は助からなかった」
ヴォスは返事をしない。
「僕が気づかなかったことは、僕が調べます。あなたが先生を殺したことは、別に記録します。僕の失敗を、あなたの理由にしないでください」
オルドが、机へ手を置いた。
レインはペンの力を緩める。
取調べは、相手を打ち負かすための場所ではない。自分の痛みを晴らす場所でもない。
それでも、痛みのないふりをして座る必要まではなかった。
「続けてください」
彼は、新しい紙を開いた。
ヴォスの名前を、その上へ書く。
罪人という二文字で、名前を潰さないように。
名前を残したうえで、何をしたかを消さないように。
芝居をやめた顔だった。
「ハルを殺した。原本を出すと言われた。筒へ悲鳴を録音して、用意した声のあとへ複製した。配達人として入って、八時四十分には出た」
レインのペンが止まりそうになった。
死者が善意を持っていたことを、殺人者は知っていた。
自分が助けようとすることも。
「七年前も、あなたが?」
オルドが尋ねた。
ヴォスは目を閉じた。
「娘に、手術が必要だった。長官の紹介がなければ、順番が来なかった」
それはガルドの犯罪に従った事情で、免罪の理由ではない。オルドはそう確認した。
「知っている」
ヴォスは低く言った。
「だが一度助けられると、次の頼みを断れないと思い込む。病院の倉庫を焼け。報告を直せ。医師が犯人だとまとめろ。私は全部、やった」
「今も、お嬢さんを盾に?」
「もう成人している。私のしたことを知らない」
「彼女の安全は、別に守ります」
オルドが言った。証言と引き換えではないと、明言した。
ヴォスは、初めて相手を見た。
「長官が残した命令書がある。私の家の、壁の中だ」
言葉にするまでに、七年がかかった。




