第25話 犯人のいない密室
セラは、療養棟へ移される予定になっていた。
診療所の薬を使った治療が必要だと、移送書にはある。署名はヴォス。
オルドが移送を止め、薬師が処方を確認した。
箱に入った薬は、セラに必要なものではなかった。強い鎮静剤だった。
その夜、テオはミラへ頼んだ。
「僕も、セラさんに会いたい」
「あなたを犯人にした人よ」
「だから。何をしたか、本人に言いたい」
セラは面会室で、少年の顔を見られなかった。
テオは、仕立て針を持ち込んでいなかった。
そのかわり、青い布の小さな袋を机へ置いた。
「あなたのお母さんに頼まれた。眼鏡の袋、紐が取れたって」
セラが顔を上げる。
「母に会ったの?」
「姉さんと。病院から預かった」
「どうして」
「お母さんは、僕を犯人にしていないから」
セラは袋へ手を伸ばしかけて、止めた。
テオは机の向こうへ押した。
「あなたのためにやったんじゃない。そこは、勘違いしないで」
「……分かっている」
「分かってほしいのは、僕が働く場所や、姉さんと食べる夕飯まで、なくなりかけたこと。自白したのは僕だけど、それを使ったのはあなたたちだ」
レインは、少年の言葉をそのまま書いた。
許すための面会ではなかった。
怒った人が、怒りを誰へ向けるかを、自分で決めるための面会だった。
ミラは弟の背中に手を置かなかった。
自分の足で座った弟が、自分の言葉を言い終えるのを待っていた。
「僕は、人を殺していないのに、殺したと言った。あなたも、誰かのためだと思ってアルマンさんを殺したの?」
「自分のためよ」
セラは、長く黙ったあとに答えた。
「母のためと言えば、楽になれる。でも、刑務所に入りたくなかったのは私。毒を選んだのも私」
レインはその言葉を、遮らずに聞いた。
「帳簿を渡したときの、受領票がある。ヴォスは捨てろと言った。怖くて捨てられなかった」
彼女が隠した場所は、母の入院先だった。
看護師から正式に提出された受領票には、アルマンの帳簿、救済基金旧年度分と明記されていた。封蝋は監督官の印。
ヴォスは、帳簿の所在を知らないと説明していた。
その説明が、崩れた。
マウラはヴォスの執務室と私物箱の捜索を許可した。
複製用の録音筒、偽の配達帽子。手袋の縫い目にハルの血。失われた帳簿。
別々に保管して、検査する。血の一致だけでなく、配達会社の制服の購入記録も確認された。
ハルの机に残された紙は、筆跡の特徴が違っていた。肝心の帳簿をレインが受け取った痕跡もない。
ヴォスの拘束が命じられた。
レインの容疑は、その日のうちに解除された。
彼はハルの作業室へ戻った。
空になった椅子の前で、頭を下げる。
「先生。僕は、顔を見なかった」
謝っても、返事はない。
ミラが隣に立った。
「次は、確かめよう」
レインは頷いた。
密室に、殺人者はいなかった。
彼がいたのは、密室ができる前だった。




