第24話 欠けた王冠
破れた蝋の筒は、完全には直せなかった。
専門職人が溝のつながる部分だけを固定すると、断片的な声が出た。
老人の短い悲鳴。机を倒す音。
その前に、低い声。
『原本は、どこだ』
レインはヴォスの声に聞こえた。だが、職人は首を振った。
「この状態で、声の主は特定できません」
レインはそう記録した。
それでも、悲鳴の録音を時計へ仕込んだ可能性は、強くなった。
オルドは、ハルの原本の出納簿を持ってきた。
七年前の判決書は、三年前に一度、長官室へ貸し出されている。返却は二年前。そのとき戻った原本の封蝋には、王冠の右端の欠けがあった。
ハルが示した写しと同じだ。
レインは古い印章の修理台帳を調べた。
修理業者は、二人を客の応接間ではなく、作業台へ案内した。
「印章の傷にも、名前があるんですか」
レインが尋ねると、職人は拡大鏡を差し出した。
「割れた形が全部違うだけだ。名前を付ければ、見分けやすくなる」
台帳には、欠けた部分の小さな図が添えてあった。
王冠の右端。斜めに欠けた刃。三つの短い割れ筋。
印章を落とした日には、長官の使者が急いで修理を頼みに来たという。修理では形が戻らず、新しい印章を作ることになった。
「偽物を作るとき、使う印章まで古くできなかった」
ミラが言った。
「ただ、封を押し直しただけかもしれません。綴じ目と、発行の手順も確かめましょう」
レインは、自分へも言い聞かせた。
待つ時間は、ハルにはもうない。
けれど、その死を急ぐ理由にして、別の誤りを作ってはいけない。
職人は写しを取る許可を出し、比較用に、同じ時期の公文書を三通持ってきた。
それぞれの王冠に、同じ欠けがあった。
ガルドの印章が欠けたのは、二年前。落として壊し、代わりの印章ができるまで、欠けたまま使った。
「七年前に押されたはずの封印が、二年前の傷を持っている」
ミラが台帳を押さえる。
「返却時に封をし直しただけ、という説明は?」
「表の保管封なら、あり得ます。でもこれは、判決文と検査添付の綴じ目に押した発行封です。返却時に押し直したという記録もありません」
ハルが疑ったのは、原本の差し替えだった。
さらに、南救貧院の検査控えには、別の発行番号がある。今の判決書に添えられた番号とは違っていた。
最初の検査結果を、後から都合のよいものへ変えた。
ハルはその証拠を、取り出そうとして殺された。
窓へ、小石が当たった。
ノクスが屋根にいる。
「長官の印章を、頂いてきたら?」
「修理業者の台帳と、当時の公文書の封印で比較できます。盗む必要はありません」
「そうか。今日は暇だね」
怪盗が腰を下ろした。
レインは首を振った。
「セラさんが、危ない」
ノクスの笑顔が消えた。




