第22話 手錠の似合わない男
レインは、取調室で同じ説明を繰り返した。
顔を見ていない。声は聞いた。衝立を回ったのは、悲鳴のあと。
「都合のいい記憶だな」
ヴォスは机を指で叩いた。
「法廷で、どう聞こえると思う」
レインには分かった。
自分でも、犯人の言い訳に聞こえる。
記録用の紙には、レインの言葉が短くまとめられていた。
『被害者の顔を確認せず』
『悲鳴を聞いたと主張』
主張。
自分が普段、他人の言葉へ付けている文字だった。
間違いではない。それでも、自分の必死な説明が二文字の後ろへ押し込まれると、頼りなかった。
「そこに、時刻も書いてください。八時五十五分に入った。九時三分に声がした」
「同じことを繰り返すな」
「繰り返しても、最初と同じです」
ヴォスは紙をめくった。
レインは、面会室のテオを思い出した。
少年が、うまく説明できないと言ったこと。
あのときは、順に聞けば話せると思った。
今は、その順を聞いてくれる相手がいない。
戸の向こうで、靴音が止まった。
ミラの声がした。
「面会を申請します」
レインは机の縁を握った。
聞き慣れた声を、こんなに頼りにしたのは初めてだった。
夜半、拘置所の廊下へミラが来た。
面会は認められなかった。ヴォスの指示で、レインは翌朝、北の軍施設へ移されるという。
ガルド長官の護送命令が、添付されていた。
「証拠隠滅のおそれがある」
当番はそう読むだけだった。
ミラは命令の写しを受け取り、マウラへ駆けた。
翌朝、護送車が裁判所を出た。
北へ向かうはずの車が、途中で東の工事路へ曲がる。
御者が振り向いた。
白い狐の仮面。
「おはよう。手錠の注文は、私の店へどうぞ」
「何をしたんですか」
「本物の御者には、弁当を食べてもらっている。護衛の二人は、ミラ捜査官に車輪の故障を説明中だ」
「逃げたら、疑いが深くなる」
「逃げずに、死ぬよりはいい」
ノクスの声が低くなった。
「北の施設には、昔から戻らない証人がいる」
工事路の先で、車が止まる。
ミラとオルド、二人の兵士が待っていた。
ミラは新しい命令書を広げた。
「マウラ裁判官が移送を停止した。あなたの身柄は第三捜査室で保護する。容疑はまだ晴れていない」
レインは、息を吐いた。
「脱獄じゃ、ない?」
「この男の御者なりすましは、別に問題になるけど」
ミラがノクスを睨む。
「正式な停止命令を伝えるまで待ちなさいと言ったでしょう」
「車輪の故障が、予想より早く直りそうだった」
レインは笑えなかった。
手錠を外してもらうと、指が震え始めた。
「怖かった」
ようやく言えた。
ミラが頷いた。
「うん。調べよう。一緒に」




