第20話 判決の署名
再審の予備審理には、エリ、トマ、リナが出席した。
本人確認は、保護記録だけに頼らなかった。昔の診療記録、知人の証言、傷の経過。複数の資料を合わせて確かめた。
七年前に死亡したとされた三人が、生きて法廷へ立った。
レインは証言を記録した。
何度も、名前を書いた。
マウラ裁判官は、エデンの勾留停止と、監督付きの仮釈放を認めた。再審そのものは続く。誰が遺体を取り替え、時刻を変えたかは、別に調べなければならない。
ミラは父を迎えた。
その日、エデンが最初に欲しがったのは、熱いスープだった。
「塩が多いね」
テオの作ったスープを飲んで、父は言った。
「七年ぶりの料理に文句?」
「七年ぶりでも、舌は同じだ」
ミラが笑った。テオも笑った。
レインは食卓の隅で、温かい器を両手で持っていた。
「君は、魔法を使わないのかね」
エデンが尋ねた。
「使えません」
「そうか。では、この灯をもう少し近くへ持ってきてもらえるかな」
レインは卓上灯を動かした。
医師は、彼ができないことを聞いたあと、できることを頼んだ。それだけの会話で、肩が少し軽くなった。
テオは蜂蜜の瓶を持ってきた。
ミラの手が、一瞬止まる。
最初の事件のあの瓶を、全員が思い出したのかもしれない。
「封は、まだ切ってない」
テオが言った。
エデンは瓶を受け取り、自分で開けようとして苦戦した。レインが蓋を回すと、乾いた音がした。
「ありがとう」
蜂蜜が、卓を一周した。
甘いものまで怖がったままでは、食事が寂しくなる。そう口にしたのは、テオだった。
ミラが弟を見る。
「今の、いい言葉ね」
「縫い物以外も、たまにはできる」
レインは、何も書かなかった。
記録しなければなくなるものばかりではない。こういう夜は、覚えておくだけでもよかった。
よその家の食卓にいることが、こんなに落ち着かないとは知らなかった。
そして、こんなに帰りにくいとも。
翌日、裁判所の古文書係ハルが、レインを呼び止めた。
「七年前の判決、署名は誰のものかね」
「司法長官ガルド」
「署名ではなく、封蝋も見なさい」
ハルは封印の写しを広げた。王冠と剣。その右端に小さな欠けがある。
「原本を出せる。だが保管室の出納に、妙な穴がある」
「誰が借りたのですか」
「それは、見てから話そう。今夜九時、私の作業室へ」
老記録官は、眼鏡を直した。
「若いころ、確認を怠った。取り返すのに、年を取りすぎたかな」
「今日なら、まだできます」
ハルが笑った。
レインはその笑顔を、最後の言葉と一緒に覚えた。




