第19話 片手で足りること
王都へ戻る途中、橋の上で車輪が外れた。
ただの事故ではなかった。車軸の留め金が抜かれ、前方には荷車が道を塞いでいた。
四人の男が近づく。
「書類だけ置いていけ」
ミラが剣を抜いた。レインは鞄を抱えた。
馬車の扉が反対側から開く。
狐の仮面が覗いた。
「相席、いいかな」
「断ったら?」
「川側の席は、あまりお勧めしない」
ノクスはレインの鞄ではなく、その体を引いた。橋の下に、荷揚げ用の吊り籠が待っている。
ミラが一人を打ち倒し、二人目の剣を弾く。その間に怪盗が縄を外す。籠は川岸へ滑り落ちた。
レインは悲鳴を上げた。
「毎回、下か上へ運ぶ必要がありますか!」
「横は敵が多い」
ミラが籠へ飛び乗った。
川岸には、旅芸人の荷馬車があった。ノクスは御者に銀貨を渡し、三人は干し草の上へ隠れた。
彼の左手袋が裂けていた。
小指と薬指がない。残った指にも、火傷の痕。
ミラが傷へ布を巻く。
「痛いなら、そう言って」
「少し」
「少しの顔じゃない」
「仮面で分かる?」
「肩で分かる」
ノクスは笑って、すぐ息を止めた。
レインが水袋を差し出す。男は右手で受け取り、左手を膝へ置いた。手品をしていた手ではなく、何かを持ちこたえてきた手に見えた。
「三本しかないと、不便ですか」
レインは聞いてから、言葉を選べなかったと思った。
ノクスは気にした様子もなく、右の指を五本開いた。
「足りないほうより、残っているほうを鍛えた。鍵は開く。縄も結べる。林檎の皮は下手だ」
「テオと同じね」
ミラが言った。
「共通点が一つできた」
「二つある。余計な心配を人にかける」
「それは個性で、長所だ」
「直すところよ」
干し草の中で、レインが笑った。
笑える場所にいるのが、ついさっきまでの橋を思うと不思議だった。
「ルカ・ヴェイル」
怪盗は答えなかった。
「父の患者を運んだのね」
「その仕事は、した」
「ありがとう」
ノクスは顔を背けた。
「礼は早い。一人、戻れなかった」
施療院にいた別の少年。三人を運んだあと、火の中へ戻って捜した。煙の中で見つけたが、梁が落ちた。
「自分だけ、出てきた」
レインは、怪盗の残った三本の指を見た。
「三人を運んだことも、消えません」
「都合のいい計算だ」
「両方、記録します」
荷馬車が揺れた。
ノクスは仮面を少し浮かせ、笑った。笑顔の端は、震えていた。
「手が片方でも、盗みはできる。なのに、一人の手を引けなかった」
ミラは包帯を結んだ。
「今日は、二人の手を引いた」
怪盗は、今度こそ何も言わなかった。




