第18話 生きていた子供
エリは十九歳になっていた。
葡萄の籠を運ぶ右手に、親指がない。
ミラが名を呼ぶと、彼は籠を地面へ置いた。
「先生の娘さん?」
ミラは頷いた。
エリは両膝へ手を付いて、長く息を吐いた。
「死んだことになっていると、後から知りました」
「なぜ戻らなかったの」
「戻って、先生が犯人じゃないと言いました。警備の人に、お前の保護先を取り消すぞって。僕はまだ十二で」
ミラの顔が、怒りから別のものへ変わった。
「ごめんなさい。責めるつもりじゃなかった」
「いえ。ずっと、誰かに責めてほしかった」
レインは面会室のテオを思い出した。
子供を黙らせるには、難しい魔法は要らない。
寝る場所を、取り上げると言えばいい。
トマは隣町の製粉所で働いていた。リナは、引き取られた農家の学校へ通っていた。
三人の保護記録には、救急便の受領証が付いている。火災当日の六時二十五分に北門を通過。門番の帳簿にも、患者三名と記されていた。
公式の火災時刻より十五分前だった。
北門の帳簿は、その日のほかの通行人も含めて保存されていた。葡萄農家の納税荷車、染物屋の使い、夕刻の郵便便。
時刻は、門の大時計と、定時に鳴る市の鐘で合わせている。火災の日にも、六時の調整記録があった。
鏡の中の時計についても、院内の当直帳に、同じ日の正午に時刻を合わせたと記されていた。
古い時計が一台止まっていた、という説明では足りなくなる。
「七年前、僕らはあの門を通った」
エリは、レインの書く六時二十五分を見た。
「途中でルカさんが戻った。もう一人が病院にいるって。あとは救急便の助手が運んだ。北の保護所で、名前を変えてもいいと言われたんです」
「誰に?」
「担当の人です。王都へ戻らないほうがいい、戻れば医師の共犯にされるかもしれないって」
脅された三人は、別々の保護先へ移った。
ルカにも、その後の行き先は知らされなかった。
生きていたことを証明するために、昔の名前を取り戻す必要があった。
レインは、新しい名前も消さなかった。
逃げた先で続いた七年間まで、嘘にしてはいけない。
「子供が火事の前に逃げていれば、後で死体が病院から見つかるのはおかしい」
レインは数字を並べた。
「だから火災の時刻を、三十分遅らせた。北へ行った三人は、事件とは無関係の患者として切り離された」
「誰が時刻を決めたの?」
「最初の現場報告をした人です」
その署名は、ヴォス。
三人の救済金は、遺族代理人を通して白鷺財団へ支払われていた。その代理人は、実在しない。
アルマンの写しにある金額と、一致する。
夕方、エリがミラへ小さな木の笛を渡した。
「先生が、痛いときに吹けって」
「傷が治る魔法?」
「いいえ。看護師がすぐ来るように」
ミラは、笛を鳴らせなかった。
父が生きているときに、返せるものがある。
それだけで、胸がいっぱいだった。




