第17話 死者には親指がある
七年前の遺体検査には、骨の図が付いていた。
エリとされた遺体に、右の親指がある。
レインは、図を机へ置いた。
「火傷で指がなくなることはあっても、失った指が火事で戻ることはありません」
エデンの手術記録は、病院の控えとは別に、外科器具の貸出記録に残っていた。親指の切断処置に使った器具と、患者エリの名。火災の三日前の日付。
検査担当の医師は、今は引退していた。
「年齢は、遺族の申し出だと聞いた。私は骨を見て、もっと上だと書いたはずだ」
医師の手元に残る検査控えを探すと、余白に小さな字がある。
『推定年齢、二十五歳以上。患者名との対応は要確認』
判決書に、その注記はなかった。
マウラの許可で、共同墓地の記録も確認された。
墓守の帳簿には、救貧院から受け入れた三人の身長、衣服、棺の番号がある。司法検査室の搬送札と一致した。
エデンの患者の服とは、まるで違っていた。
トマの服は青い病衣。リナは姉から貰った黄色い上着。どちらも診療記録の持ち物欄にある。
だが、埋葬された二人は成人用の作業着を着ていた。
墓守は首を傾げた。
「こちらには、南救貧院の死者として来ています。病院の子供だなんて、初めて聞きました」
違った名前が使われたのは、裁判所へ提出する報告の中だけだったのだ。
レインは、記録の束を広げた。
ひとつの町にも、別々の人が別々の記録を残す。
全部を同時に書き換えるのは難しい。
判決書だけを読んでいれば、三人は死んでいる。
墓守の帳簿まで読めば、その名前は出てこない。
記録を合わせる仕事が、七年前にはされていなかった。
ほかの二体にも、成人の歯の治療痕がある。子供たちの診療記録とは一致しない。
「三人とも、別の人だった」
ミラが言った。
「別の人である疑いが、非常に強いです。誰かも調べましょう」
レインは検査控えの搬送札を見た。
施療院のものではない。南救貧院の書式だ。
そこには、同じ日の朝、病死した成人三人の記録があった。夜、遺体は司法検査室へ引き渡されている。
彼らの埋葬許可証は、なぜか翌日ではなく、一週間後に発行されていた。
遺体の名前を、二度使ったのか。
ミラは救貧院の壁に掛かった名簿を写した。
「この人たちの名前も、戻さなきゃ」
レインは頷いた。
冤罪を晴らすための道具にしてしまえば、また同じことになる。
死者にも、家族と暮らしがある。
帰りの道で、黒い封筒が二人を待っていた。
宛先は、北の葡萄畑。
『親指のない男を捜しているなら、本人に聞いたほうが早い。』
ミラは紙を握った。
「あなたが先に言えば、よかったのに」
遠い屋根の上で、誰かが帽子を取った。




