第13話 祈りの途中で二度咳をする
オリンは七時十分から、隣の礼拝堂で朝の祈りをしていたと言った。
「声は、掃除係の子が聞いています」
その子は、扉の外で床を拭いていた。
七時十分から三十分過ぎまで、祈りの声が続いた。司祭の姿を見たのは、祈りが終わって出てきた七時三十二分。
「二十分には診療所にいない」
オリンは穏やかに言った。
レインは礼拝堂を見せてもらった。聖壇の脇には、合唱練習用の録音筒。戸棚には、赤い麻の祭壇布が畳まれている。
その端が、細く切り取られていた。
「古い布は、包帯にするんです」
オリンの説明を記録して、レインは筒を指した。
「今朝も使いましたか」
「いいえ」
掃除係の子が小さく手を挙げた。
「でも、祈りが何度も同じところから始まっていました。天にある光を、って。咳も、そのあとに二回ずつ」
オリンの笑顔が止まった。
「子供の耳は、よく間違えるものです」
オリンは掃除係へ笑いかけた。
その子は箒を抱え直した。住み込みの手伝いなのだろう。首に掛けた鍵は、礼拝堂の物置のものだった。
「ミラ捜査官を見たブラムさんは、年配の方です。そちらの記憶は信じるのですね」
レインが言う。
「私は、教会の子供を守りたいだけです」
「なら、話したことで叱られないと約束してください」
オリンは答えなかった。
オルドが子供のそばへ立つ。
「君の寝る場所と仕事は、別に相談する。ここで聞いたことを話して構わない」
子供は視線を上げた。
「咳は、毎回同じでした。二つ目が、少し長い」
レインはメモを取った。
正直な言葉が出るかどうかは、石の色だけで決まらない。
話したあとに、その人がどこへ帰るのか。
何を失うと思っているのか。
そのことまで考えなければ、聞けない声がある。
筒の送り歯車には、細い糸が結ばれていた。端へ達すると針を持ち上げ、最初の溝へ戻す仕掛け。歌の一節を繰り返す練習に使うものだ。
レインは、機械を再生していいか尋ねた。
オリンは答えず、オルドが許可証を示した。
低い祈りの声。四十七秒。咳が二つ。
また、最初の言葉へ戻る。
「声を聞いた人は、あなたがそこにいると思った。診療所でミラさんの声を聞いた人と、同じように」
オリンが杖を持ち直す。
レインの左側から、足音がした。
白い仮面の男が、礼拝堂の高窓へ腰かけている。
「歌の練習とは聞いていたけど、アリバイの練習まで?」
「ノクス!」
オルドが叫ぶ。
「今日は、お届けものだよ」
怪盗は、窓から小箱を落とした。
中にあったのは、ミラの声を記録した録音筒の複製だった。




