第14話 盗まなかった帳簿
「それを、どこから」
オルドの問いに、ノクスは正直に答えた。
「司祭の執務室の、鍵のかかった引き出し。盗んだ」
「証拠能力に問題が出る」
「困るね。捨ててしまう前に、手順の正しい方へ知らせに来た」
怪盗は、窓の外を指した。
診療所へ戻る道で、オリンの助手が荷車を引いている。箱に、納入簿と書かれていた。
オルドが兵を呼んだ。
荷車には、焼けたはずの納入簿が入っていた。助手は、新しい倉庫へ移すようオリンに命じられたと言う。書庫から出したのは昨夜だった。
火災より前に、必要な帳簿だけ運び出されている。
正規の捜索で、執務室から複製機の貸出票、濃い油の瓶、赤い布の切れ端が見つかった。靴裏には、診療所の薬草棚からこぼれた白い石灰粉が付いていた。
目を覚ましたネラは、襲撃者の右手に四角い指輪を見たと証言した。
オリンの指輪には、彼女の頬を打ったときの血が、縁に残っていた。
ノクスが運んだ筒を証拠の中心にする必要はなくなった。
だが、その筒が知らせた場所へ行かなければ、間に合わなかったかもしれない。
オリンは襲撃と放火を認めた。
ネラの病室で、レインは回収した帳簿を見せた。
彼女は寝台から手を伸ばし、表紙の隅を撫でた。
「七年前のものなんて、役に立たないと言われ続けた」
「捨てなかったのですね」
「捨てる日を、決めなかっただけよ。立派な話にしないで」
ネラは笑おうとして、頭の包帯を押さえた。
オリンの使った油は、彼女が冬の暖房用に手配したものだった。金庫の鍵も、信頼して渡したもの。
「泥棒が怖いから、教会の人に預けたのに」
ミラがいれば、何と答えただろう。
レインには、立派な慰めが思いつかなかった。
「帳簿は戻りました。お金のことは、これから調べます」
「分かったことだけ言うのね」
「約束しすぎると、あとで破ることになります」
ネラは天井を見た。
「そういう人なら、また預けてもいいかもしれない」
レインは帳簿を、自分の鞄ではなく、オルドの証拠箱へ戻した。
誰が持っているか、いつ返すかを、彼女の控えにも書いた。
「診療所の薬代を抜いていた。古い帳簿から、新しい支払いも調べられると思って」
「ミラさんを犯人にしたのは?」
「捜査を止めたかった」
彼はヴォスの名前を出さなかった。命令された証拠も見つからない。
レインは、その限界も調書へ書いた。
夕方、裁判所の裏で、ノクスが彼を待っていた。
「手柄は君に。私は、まあ、必要経費だけ」
「盗みは犯罪です」
「知ってる。だから警察とは、少し距離を取っている」
「人を助けたこととは、別に記録します」
ノクスは、しばらく黙った。
「いいね。そういう探偵が、欲しかった」
彼の声から、冗談が消えていた。




