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魔法では解けない謎がある  作者: 渋谷 爽月
第3章「嘘をつかない証人」

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第11話 赤い襟巻き

「七時二十分。ミラ捜査官が庭口から入るのを見ました」


 診療所の庭師ブラムは、誓約石に右手を乗せていた。


 石は緑色だった。


 診療所の白い壁には、煤の黒い指跡が残っていた。窓の下に並ぶ鉢植えは水をかぶり、濡れた葉から薬草の匂いがする。


 裏手では、担架を持った人たちが走っていた。


 納入簿の保管人ネラは、頭を殴られて倒れた。傷は深いが、生きている。意識が戻るまで、話は聞けない。


 ミラは担架の通った道を見ていた。


「先生に先に会わせて」


「逃亡の機会を与えるわけにはいかない」


 ヴォスが言った。


「見舞いです。あの方は、父の元同僚だから」


「それが、私情で証言を曲げる理由にもなる」


 レインは、目撃者のほうへ視線を戻した。


 ブラムはミラを憎んでいない。むしろ、顔を見るたび申し訳なさそうに目を伏せる。


 その人が石へ手を置き、嘘ではないと証明している。


 誰かを守るための道具が、別の誰かを追い詰める。


 そう見えた。けれど、道具の仕組みが変わったわけではない。


 レインは、教本の一文を思い出した。


 本人が虚偽と分かっている言葉を発すると、赤くなる。誤解や記憶違いには反応しない。教本の一章目にそう書かれている。


 ヴォスは、教本を開かなかった。


「証言に虚偽はない。ミラ・リデルを拘束する」


 ミラは剣を外し、オルドへ渡した。


「私はレインと、パン屋の奥の席にいました」


「身内の証言だけではな」


「僕は数日前に、知り合ったばかりです」


 レインの言葉に、ヴォスが振り向いた。


「客のいない時間だった。店主は仕入れに出ていた。そうだな」


 その通りだった。店主から留守番を頼まれ、焼きたてのパンを一つずつ貰った。それが無実を示すには、頼りない朝食になってしまった。


 ブラムは額に汗を浮かべている。


「赤い襟巻き、背丈も同じ。声も聞きました。昨日ここへ来られたときと、同じ声でした」


「昨日?」


 ミラが頷いた。


「鏡を受け取る前、父の薬のことを聞きに寄ったの。ネラ先生に。聞き取りは録音筒へ入れた」


 録音筒は王都のありふれた機械だ。蝋の円筒へ音の溝を刻み、針を置いて回すと同じ音が出る。警察の記録にも、教会の合唱の練習にも使う。


「筒はどこへ?」


「診療所で封をして、管理司祭のオリンさんに預けた。複製を裁判所へ送る手続きだったから」


 オリンは、庭の端で怪我人の搬送を手伝っていた。


 長い法衣。銀頭の杖。右手の人差し指には大きな指輪。


 床石へ杖が当たるたび、短い金属音がした。


 ブラムがその音に、肩を動かした。


「襲撃のときにも、そんな音が?」


 レインは小声で尋ねた。


「剣の鞘だと思いました」


 ミラの剣は、革の鞘だった。

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