第11話 赤い襟巻き
「七時二十分。ミラ捜査官が庭口から入るのを見ました」
診療所の庭師ブラムは、誓約石に右手を乗せていた。
石は緑色だった。
診療所の白い壁には、煤の黒い指跡が残っていた。窓の下に並ぶ鉢植えは水をかぶり、濡れた葉から薬草の匂いがする。
裏手では、担架を持った人たちが走っていた。
納入簿の保管人ネラは、頭を殴られて倒れた。傷は深いが、生きている。意識が戻るまで、話は聞けない。
ミラは担架の通った道を見ていた。
「先生に先に会わせて」
「逃亡の機会を与えるわけにはいかない」
ヴォスが言った。
「見舞いです。あの方は、父の元同僚だから」
「それが、私情で証言を曲げる理由にもなる」
レインは、目撃者のほうへ視線を戻した。
ブラムはミラを憎んでいない。むしろ、顔を見るたび申し訳なさそうに目を伏せる。
その人が石へ手を置き、嘘ではないと証明している。
誰かを守るための道具が、別の誰かを追い詰める。
そう見えた。けれど、道具の仕組みが変わったわけではない。
レインは、教本の一文を思い出した。
本人が虚偽と分かっている言葉を発すると、赤くなる。誤解や記憶違いには反応しない。教本の一章目にそう書かれている。
ヴォスは、教本を開かなかった。
「証言に虚偽はない。ミラ・リデルを拘束する」
ミラは剣を外し、オルドへ渡した。
「私はレインと、パン屋の奥の席にいました」
「身内の証言だけではな」
「僕は数日前に、知り合ったばかりです」
レインの言葉に、ヴォスが振り向いた。
「客のいない時間だった。店主は仕入れに出ていた。そうだな」
その通りだった。店主から留守番を頼まれ、焼きたてのパンを一つずつ貰った。それが無実を示すには、頼りない朝食になってしまった。
ブラムは額に汗を浮かべている。
「赤い襟巻き、背丈も同じ。声も聞きました。昨日ここへ来られたときと、同じ声でした」
「昨日?」
ミラが頷いた。
「鏡を受け取る前、父の薬のことを聞きに寄ったの。ネラ先生に。聞き取りは録音筒へ入れた」
録音筒は王都のありふれた機械だ。蝋の円筒へ音の溝を刻み、針を置いて回すと同じ音が出る。警察の記録にも、教会の合唱の練習にも使う。
「筒はどこへ?」
「診療所で封をして、管理司祭のオリンさんに預けた。複製を裁判所へ送る手続きだったから」
オリンは、庭の端で怪我人の搬送を手伝っていた。
長い法衣。銀頭の杖。右手の人差し指には大きな指輪。
床石へ杖が当たるたび、短い金属音がした。
ブラムがその音に、肩を動かした。
「襲撃のときにも、そんな音が?」
レインは小声で尋ねた。
「剣の鞘だと思いました」
ミラの剣は、革の鞘だった。




