第8話 カラオケのデンモク、第12層産
カラオケのデンモクが、第12層の地図を表示していた。
曲名を検索する画面のはずだった。
青い線は、五年前に封鎖された深層通路をなぞっている。
「第一種。所有権の申立てが四件です」
ねむが受付一覧を出した。
製造会社。
端末を置いていたカラオケ店。
五年前にその部屋を使った客の一人。
事故記録の保存を求める遺族会。
「端末一台に関係者を詰め込みすぎだ」
「定員表示がありませんでした」
デンモクは五年前、駅前店の七号室から紛失している。
その夜の利用者は、翌日から第十二ダンジョンへ入る探索班だった。
店の申立ては単純だった。
備品を返してほしい。
製造会社は、旧型電池の発火試験に必要だという。
客だった男は、履歴データを消してから返却してほしいと求めた。
遺族会は逆に、履歴を事故資料として保存するよう求めている。
「――で、これは第何種?」
「本体は第一種。地図と履歴は、事故班の関係性が定着した第四種媒体の可能性があります」
相崎は背面蓋を外した。
電池は五年前に切れている。
それでも画面は点いたまま。
電源計測器はゼロを示す。
まず、探索班の荷物へ誰かが端末を紛れ込ませた経路を調べた。
誰かが端末を店から持ち出し、探索班の荷物へ紛れ込ませた。
第12層で失われ、今になって排出された。
重量記録を調べると、探索班の入層荷物は申告値より六百四十グラム重かった。
デンモクの重量と一致する。
「事故班が持って行ったんですね」
ねむが言った。
「持って行ったことと、誰が入れたかは別だ」
店内映像は保存期限切れ。
残っていたのは、端末自身の操作履歴だけだった。
最後に予約された曲は一曲。
歌唱者欄は、K・A。
予約時刻は入層前夜の二十三時五十八分。
演奏終了の記録はない。
代わりに、翌日の深層到達時刻が終了時刻として上書きされている。
端末には、曲予約とは別に近距離接続の履歴があった。
同じ室内にいた携帯端末を、選曲候補の共有用に数える機能だった。
接続数は六。
公開名簿の五人が使っていた機種と製造番号は一致する。
残る一台は、管理局が探索者へ貸与していた旧式端末。
資産番号だけが消され、充電池の交換回数が残っていた。
「会計人数の誤入力では説明できません」
ねむは六つの接続時刻を一列にした。
全員が同じ曲へ投票している。
五件は賛成。
番号のない一件だけが棄権。
曲が始まる直前、その端末から管理者画面が一度開かれていた。
参加者を後から消した者ではなく、消される前から管理機能へ触れられた者が、六人目にいた。
複数主体という表示からは、事故班が最後の曲を終わらせようとし、ダンジョンが深層から端末を吐いた可能性も出る。
だが、排出要求ログに人の識別子はなかった。
《要求主体 複数》
《一致率 三十七パーセント》
遺族会の保存申立てが集まった時刻とも違う。
「グループ所有なら、欲求が薄くても合算される?」
ねむが四件の時刻を重ねた。
「規程に事例はない」
「規程がないと、物は出てこないんですか」
「物は規程を読まない。そこが一番の違反だ」
客だった男との音声面談を繋いだ。
五年前、探索班の送別会に参加した元隊員だった。
事故当日は発熱で入層を取りやめたという。
『曲の履歴なんて関係ない。店に返せばいいでしょう』
「消去を求めた理由は」
『死人の歌った曲を残して、誰が得するんです』
「端末を荷物へ入れましたか」
沈黙の後、男は否定した。
相崎は端末の指紋記録を出した。
男の指紋はある。
だが、荷物へ入れた位置には別の指紋が重なっていた。
公開事故名簿にない人物の識別番号。
番号の中央四桁は欠損している。
重なった指紋が、男だけを持出人とする見立てを崩した。
むしろ履歴を消したがる理由は、歌ではなく、参加者記録の方にあった。
遺族会の代表を回線へ入れた。
代表は曲を聴きたいのではなく、端末に残る入層前の参加者一覧を求めていた。
『公表された名簿と、店から届いた会計人数が合わないんです。部屋代は六人分。事故班は五人』
店の会計記録では、ドリンクも六人分。
砂糖二本のコーヒーだけ、注文者欄が欠けている。
製造会社は端末の利用者削除機能を調べた。
履歴から一人を消すには、管理者用の物理キーが要る。
そのキーを保有していたのは店長と、事故後に端末の紛失調査を受託した管理局の委託先だった。
「店ではなく、紛失後に消された可能性があります」
ねむが改変時刻を出した。
事故の三日後。
当時、端末はすでに第12層にあった。
地上から通常の通信は届かない。
それでも管理者操作の痕跡がある。
課長決裁の付いた遠隔保全命令が一件だけ残っていた。
印影は、最近見つかった枠外の複製と同じ角度だった。
相崎はその命令を事故資料へ追加した。
歌の履歴が、決裁印の不正へ繋がった。
「本体は店へ返却可」
相崎は決裁書を作った。
「ただし地図・履歴・指紋ログは事故関連記録として証拠保全。原本から分離できないため、店には閲覧制限付きで返す」
「店は通常運用できません」
「返却はする。使えるとは書いていない」
相崎は返却欄へ押し、原本分離不可の条件を追記した。
店の資産台帳にデンモクが復帰する。
同時に、証拠保全フラグが立ち、電源投入と廃棄が禁止された。
店側から、保管費用は国が払うのかという問い合わせが届いた。
総務の自動回答は《検討します》。
国家が最も長く保留できる言葉だった。
店長は自動回答では切らず、面談回線へ入ってきた。
『返却っていうから、棚に戻せる物が来ると思ったんです。電源を入れられない端末を、客室料金の場所に置けと?』
「施錠保管をお願いします」
『五年前に除却した備品です。台帳へ戻ったせいで、今期の資産税まで戻っています』
使えない機械と、五年分の帳簿だけが店へ先に返った。
補償申請書の送付先を案内すると、店長は返信期限を尋ねた。
総務の様式には、その欄もなかった。
ねむは履歴保全のため、最後の曲名を読み上げた。
「この曲、姉が――」
文が切れた。
ねむの指が右耳へ行く。
相崎は欠けた識別番号を見たまま、再生を止めた。
証拠保全のためなら、止める必要はなかった。
「知っている曲か」
「有名ですから」
画面の隅には、歌唱者K・Aのほかに、砂糖を二本追加した注文履歴が残っていた。
冷凍保管庫の低周波音が、電池のないデンモクの画面を揺らす。
第12層の地図上で、消えた通路が一度だけ白く点滅した。




