表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン遺失物課――その心臓を返せば、持ち主は五年前に死んだことになる  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/12

第7話 ドラゴンの牙、ただし子ども用

証拠箱には、「子ども用」と貼られていた。


中身は、人の親指ほどある牙だった。


根元に乾いていない血。


表面には、細い金色の筋が走っている。


「回収班の分類です」


ねむが先に弁明した。


「幼体の牙なので、子ども用」


「備品係に、ドラゴンの年齢区分を任せるな」


「成体用の箱は有料です」


地下三階の保管庫では収まらず、検疫課から借りた冷却台が低い音を立てていた。


第七ダンジョンの生態調査では、牙の主は六歳前後。


人間なら小学生。


ドラゴンなら、火を吐く回数を数え始める頃だと付記されている。


「――で、これは第何種?」


「第一種なら身体片ですから第二種です。ですが自動判定は第五種。検疫課は分類不能として返してきました」


「分類不能を第五種へ捨てるな。第五種は雑居房じゃない」


相崎は牙へ触れず、排出映像を再生した。


牙は床から出たのではない。


排出口の空間が一瞬だけ裂け、向こう側から押し出されていた。


裂け目の奥に、小さな鉤爪が見える。


牙を手放したくないように、最後まで追ってきていた。


人間による密猟なら、裂け目の映像以外は通常の戦利品で説明できる。


人間の探索者が幼体から牙を奪い、不要になって捨てた。


所有者は人間。


物は戦利品。


通常の第一種で処理できる。


「過去三か月、該当階層へ入った探索者はゼロです」


ねむが入層記録を出した。


繁殖期のため、区域は閉鎖されていた。


密猟者が記録を避けた可能性は残る。


だが牙の根元に刃物痕はない。


内側から押し出されるように抜けている。


「生え替わりですか」


「年齢が早すぎる」


答えたのは、呼ばれていた八重樫だった。


管理局の顧問学者は、牙より大きな鞄を抱えて検疫室へ入った。


白衣ではなく、肘の擦れた背広を着ている。


「年輪が一つ足りません。本人が不要としたのではなく、群れが幼体を成体扱いした時に抜けた」


八重樫は牙へ透明板を重ねた。


金色の筋が、板の上で群れの配置図になった。


中央に小さな点。


その周囲に七つの大きな点。


板を回すと、中央の点だけが輪の外へ押し出される。


八重樫の配置図は、群れによる成長儀礼という別の説明を示した。


群れが幼体を不要とし、成長の証として牙を吸わせた。


「それなら第二種です」


ねむが言った。


「失ったのは身体の一部でしょう」


「牙は媒体です」


八重樫は映像の鉤爪を指した。


「本当に排出されたのは、この個体が群れの子どもであったという事実です。第五種との混合事案でしょう」


牙を返せば、幼体は再び群れの子として受け入れられるかもしれない。


返さなければ、成熟していない個体が単独で生きる。


人間の役所が、ドラゴンの家族関係を決裁する。


相崎は申請人欄を見た。


空白だった。


「第二則なら、欲しがる主体がいるから出たはずです」


ねむは裂け目の映像を巻き戻した。


鉤爪は牙を追っている。


幼体本人は取り戻そうとしているように見える。


しかし八重樫は首を横に振った。


「反証があります。爪の向きです」


鉤爪は内側へ曲がっていない。


牙を掴む形ではなく、外へ押す形だった。


幼体が返してほしいのではない。


群れの外へ出された「子どもだった事実」を、自分からさらに遠ざけようとしている。


では、誰が吐かせたのか。


「我々かもしれません」


八重樫は閉鎖区域の行政通知を出した。


管理局は昨日、繁殖数の減少を理由に幼体保護計画を発表している。


国家が、本人に代わって「子どもへ戻すべきだ」と欲した。


第三則は、人間同士だけに適用されない。


八重樫は現地観測映像を呼び出した。


裂け目が生じた巣の周辺を、幼体が一頭で歩いている。


翼は片方だけ開き、火炎嚢も成熟していない。


群れの成体は映像の外にいる。


幼体が境界を越えようとするたび、足元の地形が一歩分だけ遠ざかった。


追放されたのは身体ではない。


「家族までの距離が、失われ続けています」


ねむが測距値を読んだ。


一時間で六メートル。


保留のまま七十二時間置けば、巣は五百メートル以上遠ざかる。


牙を現地提示する試験にも時間の代償がある。


現地の飼育監視員が、通信越しに測距杭を映した。


『餌を置いても、地面ごと向こうへ逃げます。今朝から水にも届いていません』


幼体の前脚には、乾いた泥が輪になっていた。


同じ場所を歩き続け、巣へ近づいた距離だけを奪われている。


『子どもへ戻せば助かる、で合っていますか』


監視員は決裁より先に答えを求めた。


相崎には、合っていると言える観測値がなかった。


一方、即時返却の実験記録では、群れが不要とした個体を強制的に戻した際、同種による攻撃が起きていた。


「返せば家族に戻る、ではないんですね」


「所属という事実と、受入れは別です」


八重樫は金色の配置図を消した。


相崎は000001番の閲覧履歴を思い出した。


本人以外が良かれと判断して返す。


第三則で最も危険なのは、悪意より、訂正する機会のない善意だった。


返却には、群れへ持ち込む探索者が必要になる。


保留すれば、牙を追って裂け目が再発するおそれがある。


処分すれば、幼体の所属履歴を消す。


異議を申し立てる言語を、相手は持たない。


「第五種暫定、保留」


相崎は非人間所有物の審査票を選んだ。


「区域を七十二時間封鎖。行動観測後、返却ではなく現地提示を試す」


相崎は封鎖期限と現地提示の条件を、審査票へ固定した。


牙は地下三階の第五種区画へ運ばれた。


通常の冷凍棚ではなく、関係性媒体用の透明ケースへ収める。


ケースを閉じると、現地映像の幼体が足を止めた。


距離の増加も止まる。


保留が一時的に効いた証拠だった。


同時に、幼体は巣の方角を向かなくなった。


悪化を止めたのか、帰ろうとする行動まで止めたのかは判別できない。


冷凍保管庫の低周波音の中で、牙の金色の筋が一本ずつ暗くなった。


封鎖通知が送られる。


周辺の探索予約百八十六件が即時取消になった。


採取を予定していた治療素材の入荷欄が、未定へ変わる。


幼体を守るための保留は、地上の患者へ請求書を送った。


八重樫は決裁印の跡を長く見た。


「相崎主任」


「何です」


「あなたの押し方は、五年前から変わりませんね」


相崎は牙の箱を閉じた。


「印鑑登録に個性は要りません」


「個性ではなく、ためらう位置です。五年前の第一号案件でも、同じ場所で一秒止まっている」


八重樫は鞄を持ち上げ、冷却台の音の外へ出た。


第一号案件の映像を見られる人間は、限られている。


相崎が呼び止める前に、検疫扉が閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ