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ダンジョン遺失物課――その心臓を返せば、持ち主は五年前に死んだことになる  作者: 他力本願寺


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第25話 ハルの落とし物リスト

ハルのリストには、死者の氏名より先に売価が並んでいた。


音声記録、十二万円。


恐怖反応付き、加算三万円。


人格片、反復語あり、八万円。


破棄された謝罪文、権利処理済み、四万五千円。


四百八十六行の表計算ファイルには、誰かが不要としたものを、別の誰かへ売るための条件が揃っていた。


「これは配信用の管理表じゃありません」


ねむが監査室の大型画面を二分割した。


左にハルの提出データ。


右に管理局の処分台帳。


「仕入れ先が作った商品台帳です。ハルさんは、自分の配信予定と報酬見込みを後ろ三列へ足している」


ハルは昨日と同じパーカーを着ていた。


スマートフォンは証拠袋の中にあり、今日は両手が空いている。


所属事務所の法務担当は来ていない。


代わりに、未成年者支援の公選付添人が壁際に座っていた。


「私が作った列は、配信日、投票数、見込み再生」


ハルが言った。


「売価と分類と出所は、仕入れサイトから落とした」


「四百八十六件すべてを購入した?」


「買ったのは百二十。残りは候補」


「候補をどう選んだ」


「向こうが送ってくる。先月伸びたジャンルに合わせて」


ねむが送信履歴を開いた。


差出人はM04アーカイブズ。


件名は《来月度・喪失傾向予測》。


家族、職場、病歴、加害、被害、恋愛。


人が隠した理由は、配信用の分類タグへ変換されている。


「おすすめ欄と呼んでいました」


ハルは画面を見た。


「動画サイトのおすすめと同じ。私の視聴者が何秒止まったか、どこでコメントしたか、そのデータを返すと、次の商品が送られてくる」


「視聴データを仕入れ先へ提供していた」


「契約に入ってた」


「読んだ?」


「読んだ。読まないで署名するほど子どもじゃない」


「不当な契約だと分かっていた?」


「個人情報を抜いてるとは思った。国家の処分品を盗んでるとは思わなかった」


相崎は紙で提出された契約書をめくった。


《行政処分により権利帰属を失った情報資源》。


《教育・研究・娯楽用途への二次利用を許諾》。


《供給元の適法性について、配信者は独自の確認義務を負わない》。


責任を負わないと書くために、責任という語が十九回使われている。


「十九回も否定される責任は、たいてい存在する」


相崎が言うと、ハルは一度だけ口元を動かした。


笑いにはならなかった。


「管理局の処分台帳と照合します」


ねむが右画面を拡大した。


四百八十六件のうち、管理番号が完全一致したものは六十三件。


六十三件すべてが、法的区分《処分》。


焼却完了記録も六十三件。


完了時刻は毎回、午前二時ちょうどだった。


「焼却炉の稼働記録は」


「該当日の二時台はゼロです」


「点検停止日は」


「そのうち十一日」


焼却していない日に、焼却済みの記録が作られている。


ハルが椅子を画面へ近づけた。


「その六十三件、見覚えある」


「購入した?」


「十九件。配信したのは七件」


「残り十二件は」


「使わなかった」


「なぜ」


ハルはリストをスクロールし、削除要求の列を表示した。


所有者本人から連絡があったものが九件。


遺族からが二件。


内容を確認し、公開すべきでないと判断したものが一件。


「削除要求が来た九件のうち、六件は取り下げています」


ねむが集計した。


「三件は配信した」


「スポンサー枠だった」


「昨日の音声も」


「その一件」


ハルは自分で該当行を赤くした。


「止めた六件と、止めなかった三件の違いは金額。そこは私が選んだ」


付添人がメモを取る音だけが続いた。


監査室の脇扉から、灰色の配送箱が運び込まれた。


昨夜、ハルの事務所から回収した十二件のうち、一件。


配信に使わなかった品だった。


外箱には映像素材とだけ印字されている。


発送元は私書箱。


封を切った記録はない。


「これを選んだ理由は」


相崎が訊いた。


「プレビューで、同じ言葉を何回も言ってたから」


「内容を再生した?」


「仕入れサイトの十五秒だけ。届いた箱は開けてない」


ハルは自分の一覧から該当行を探した。


《人格片・反復語あり》。


売価八万円。


公開予定日は空白。


削除要求の欄には、本人から二回とある。


箱を開けずに透過撮影する。


民間用の緩衝材の中央へ、管理局規格の黒い遮光瓶が固定されていた。


瓶の首には、切断された封緘票が巻かれている。


処分完了の文字。


所有者名の部分だけが細く削られていた。


ねむが箱ごと重量台へ置いた。


納品明細、三百八十四グラム。


現在値、三百八十四グラム。


配送会社が受け取った時から、中身は入れ替わっていない。


外箱の底へ冷却板を当てる。


四度まで下がると、遮光瓶の内側で何かが一度だけ蓋を叩いた。


音声は再生しない。


振動の間隔だけを記録する。


二回。


間を置いて、また二回。


ハルが紙コップから手を離した。


「プレビューと同じ」


「言葉は記録しなくていい」


相崎は再生装置を使わせなかった。


本人が消してほしいと求めた内容を、証拠確認のためにもう一度聞く必要はない。


物理容器、重量、封緘票、商品番号。


横流しを示すには、それで足りる。


付添人が、未開封品については購入取消を主張できると説明した。


契約上、内容を利用していない品は事務所へ返送できる。


返送すれば、ハルの所持記録から一件が外れる。


「返しません」


ハルは箱の受領署名へ自分の氏名を書いた。


「買ったのは私です。使わなかったことだけで、買わなかったことにはしない」


証拠提出へ同意すると、商品代の返金欄が失効した。


八万円が、未使用の違反事実として明細に残った。


同時に、次回配信の前払金も相殺対象へ変わった。


使わなかった品を差し出しても、生活費まで無傷では戻らなかった。


ねむは灰色の箱を、ハルの端末とは別の封緘袋へ入れた。


中身を見世物にしないまま、流通したことだけを物証にする。


相崎は十九件の伝票画像を一枚ずつ開いた。


処分台帳上は、物理破壊により存在しないはずの品だ。


だが伝票には重量、梱包形状、保存温度がある。


発注から平均三日で、ハルの事務所へ届いている。


「配送会社は別々です」


ねむが言った。


「発送元は私書箱。でも、荷物に記録された温度変化は同じです。出荷前の八時間、摂氏四度で保管されている」


地下三階の冷凍保管庫が、低周波音を一段上げた。


第二種と第三種の一部は、安定化のため四度の中間庫を通る。


一般の映像素材には不要な温度だった。


「この列、見て」


ハルが商品番号を指した。


《B3―17―二一一》。


《B3―17―二一二》。


連番の二件が、一つだけ飛んでいる。


「二一三は買えなかった。販売開始と同時に消えた」


「品名は」


「空欄。プレビューも白」


「価格は」


「値段じゃなくて、《移管除外》って出てた」


品目を明かさない空白が、商品台帳の中にもあった。


相崎はその行を画像として保全した。


000001番との同一性を示すものはない。


空白であることだけを根拠に結びつければ、捜査ではなく連想になる。


「六十三件の決裁書を出します」


ねむは庁内保管サーバから画像を呼び出した。


決裁者は十七人。


部署も年度も異なる。


それなのに、印影の外周に同じ欠けがあった。


右下、時計で言えば五時の位置に、髪の毛ほどの白い線が入っている。


地下書庫で保全した白紙決裁書の《相崎》にも、同じ線がある。


相崎は自分の決裁印を朱肉へ押し、比較用紙へ一度だけ押した。


現在の印影に、欠けはない。


「複製です」


ねむが倍率を上げた。


「職員十七人の印を個別に複製したんじゃない。印影画像の中心だけ差し替えて、同じ版で印刷している」


「紙へ直接押した跡では」


「ありません。こちらは朱肉に見せた顔料インクです。地下書庫の束は押圧のある複製印。手口が二つあります」


同じ白い線は、どちらも相崎の過去の原票から採った印影を基にしたことを示していた。


白紙の決裁書は、相崎が空欄へ押し続けた記録ではなかった。


誰かが後から品目を入れるために用意した、決裁済みの空箱だった。


ねむは断定を口にしない。


相崎も、自分の印影がどこから採取されたかを問わなかった。


問えば答えが出る段階ではない。


「ハルさん。商品を受け取った時、決裁書の写しは付いていましたか」


「最初の荷物だけ」


「残っている?」


「事務所が捨てた。私は撮ってる」


ハルが付添人へ目を向けた。


確認を受け、クラウド保存の場所を口頭で示す。


証拠保全用の端末からログインすると、画像が四十二枚出てきた。


荷物を開ける前。


開けたあと。


管理番号。


封緘材。


同梱書。


動画のサムネイル候補を作るため、すべて撮影したという。


「仕事は丁寧なんだな」


相崎が言った。


「丁寧にやると、悪いことも証拠が残る」


ハルは答えた。


画像の一枚に、白紙だった欄へ手書きで品名を足した決裁書が写っていた。


紙の透かし番号は、地下書庫の束と同じ。


決裁印の欠けも一致する。


欄外には《処二/B3―17/M04》。


処分箱で見つかった焦げたメモは、単なる走り書きではなかった。


処分区分二類。


保管場所B3―17。


移送担当M04。


三つの記号が、初めて一つの流れとして読めた。


「まだ推定です」


ねむが自分で制動をかけた。


「コード表がない。画像の原本もない。仕入れ先が管理局書式を偽造した可能性もあります」


「その反証が正しければ、管理局の処分番号を六十三件盗んだことになる」


「どちらでも監査案件です」


相崎は庁内監査の起案書を開いた。


開始理由を一行で収める欄は、百二十文字までしか入らない。


六十三人分の喪失は、文字数制限に向いていなかった。


《処分済み遺失物の現存および民間流通、複製印影による決裁偽装の疑い》。


ねむが起案に、保全対象を追加した。


処分箱の焦げたメモ。


地下書庫の白紙決裁書。


指輪の封緘材。


集合写真。


ハルの端末、契約書、納品画像、購入履歴、配信記録。


「ハルさんのログは、本人の違反事実も含みます」


付添人が確認した。


「監査協力と引き換えに、処分を免除する約束は」


「できません」


相崎が答えた。


ハルは先に頷いた。


「それでいい。私の列も消さないで」


「見込み再生と報酬の列?」


「削除要求を無視した列。事務所の指示だけ残したら、私が被害者みたいになる」


「被害を受けたことと、加えたことは併記できる」


「大人の書類って、そういうの得意じゃないでしょ」


「不得意だから、欄を増やす」


ねむが新しい列を作った。


《本人選択》。


《事務所指示》。


《供給元誘導》。


同じ行に三つの事実が並んだ。


どれか一つを消しても、残りが免罪符になる構造だった。


相崎は監査開始の電子決裁を送信した。


画面に《受付》が出る。


直後、《上長確認待ち》へ変わった。


監査室の扉が開いた。


課長が入ってきた。


ネクタイは曲がり、頬には剃り残しがある。


机へ手をついたあと、もう片方の手を脇腹へ当てた。


「確認待ちは解除した」


課長は画面を見ずに言った。


「監査を始めろ。外部保全も同時だ」


「理由は」


「庁内だけだと、また処分される」


ねむが課長の顔を見た。


「B3―17を知っていますね」


課長は答える前に椅子へ座った。


水も飲まず、ハルのリストを上から下までスクロールする。


二百十一番で指が止まった。


「これは俺の代で始まった」


課長の声は、冷凍保管庫の低周波音より低かった。


「あんたが決裁する頃には、俺はもう居ない」


「異動ですか」


相崎が訊いた。


「そうなら、人事は初めて病気より仕事が早い」


課長は立ち上がり、監査起案へ自分の認証を追加した。


画面の《開始》が赤へ変わる。


その瞬間、四百八十六行のうち三百十二行が、仕入れサイト側から一斉に削除された。


だがハルの端末には、削除前の時刻、商品番号、売価、閲覧数が残っていた。


誰が喪失を買い、誰が値段を付けたか。


監査が保全すべきものは、品物だけではなくなった。

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