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ダンジョン遺失物課――その心臓を返せば、持ち主は五年前に死んだことになる  作者: 他力本願寺


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第24話 写真、ただし誰も写っていない

写真から四人目が消えたのは、午前九時十七分だった。


監視カメラの下で、印画紙の中央にいた男の輪郭が背景へ溶ける。


顔から先ではない。


靴も髪も同時に薄まり、最後には人の形をした空白だけが残った。


「画像処理ではありません」


ねむが三分おきに撮った比較画像を並べた。


「銀粒子そのものが、人物の部分だけ再配列しています」


第一種として排出された集合写真には、当初六人が写っていた。


第十二ダンジョン事故班の出発前記録。


公開編成表では五人の班だが、写真の人数は一人多い。


排出から二時間で、四人が消えた。


四人目がまだ首から上を残していた九時十二分、ねむは写真を遮光箱へ入れた。


外から見られなければ消失が止まる、という仮説だった。


箱の中には三分ごとに銀粒子を測る読み取り板だけを置く。


九時十五分。


読み取り板に、人の肩幅だけの空白が増えた。


光を断っても、写真は自分に写っていた人数を減らしていた。


次に、同時刻の高解像度画像を二台の独立した機器へ保存した。


一台は庁内網から切り離す。


もう一台は紙へ出力する。


画面には男の顔が残った。


印刷紙にも残った。


ねむは男の氏名、服装、立ち位置を声に出し、監視記録へ重ねた。


九時十六分。


写真の男の左目が消えた。


切り離した画面で、同じ左目が灰色になった。


印刷紙では、黒い顔料が紙の余白へ細く移動した。


複製は保存先を増やしただけで、失われる順番まで複製していた。


「本人の別写真を重ねます」


ねむは公開記録に残る運転免許証の顔写真を透明板へ固定した。


事故班の写真と、目、鼻、顎の位置を合わせる。


二枚の間に男の輪郭が戻った。


十一秒だけだった。


免許証の顔は残った。


事故班の一人として立っていた顔だけが、透明板の下から抜けた。


相崎は免許証を外した。


男の存在を保存しても、その集団にいた事実までは保存できない。


九時十七分。


四人目は完全に消えた。


画面、印刷紙、監視映像の静止画も同時だった。


ねむが読み上げた氏名と立ち位置だけが、音声記録に残った。


再照合をかけても、事故班との一致率はゼロを返した。


四人目が誰だったかは分かる。


その男がこの写真にいたことだけは、もう物証で示せなかった。


四人目は生存していた。


事故後の給付再審査へ、この集合写真を追加資料として提出している。


人物一致がゼロになった通知を受け、審査は《資料真正確認中》へ戻った。


本人の氏名は残る。


受給資格も、すぐには失われない。


ただし翌月に予定されていた確定処分は延期された。


写真を国が保全していた二時間に起きた消失を、本人がもう一度立証しなければならない。


ねむは消失前の画像を添付した。


添付画像からも男の姿は消えていた。


送れたのは、九時十七分に一人分を失ったという職員二名の記録だけだった。


残っているのは中央の女性と、右端から入り込んだ誰かの指先だけだった。


「次は中央です」


ねむは写真の縁を持ち直した。


中央の女性の頬が、すでに背景の灰色へ混じり始めている。


久住あさひ。


「原因の仮説を三つ」


相崎が言った。


「一つ、写っている本人の死亡順」


「四人目は生存しています。棄却です」


「二つ、写真を見ている人間の忘却順」


「閲覧者を変えても進行速度は同じ。棄却」


「三つ」


ねむは裏面の筆圧画像を出した。


「人物が、存在の記録をダンジョンへ預けられた順です」


写真の裏には鉛筆で六つの名字が書かれていた。


消えた人物の名字には、肉眼では見えない青い点が付着している。


保留中の青い石の指輪と同じ、委託倉庫用封緘材の識別粒子だった。


青い点の濃い順に、写真から人物が消えている。


「人間を倉庫へ入れたわけじゃない」


相崎は言った。


「人格片か、記憶か、その人が所属していたという関係性か」


「どれを移したかは分かりません。でも、物理写真まで追随している」


ねむは八重樫へ映像通話をつないだ。


顧問室の書架を背に、八重樫が写真を観察する。


「第五種に近い現象です。人物そのものではなく、『その集団に存在した事実』が媒体から抜けている」


「戻せますか」


「元の情報がどこにあるか分かれば。写真だけ修復しても、関係性の参照先が空です」


画面の向こうで八重樫が眼鏡を外した。


「名簿の削除を、紙が真似ているのではありません。紙の方が、削除された事実を証言している」


九時二十三分。


中央の女性の左肩が消えた。


ねむの持つ写真がたわんだ。


右手の指が、印画紙の端を強く挟んでいる。


相崎はその手を上から覆った。


「折れる」


ねむは力を抜いた。


相崎の手が離れたあとも、彼女の指先は写真に触れたままだった。


「姉です」


「照合は」


「顔認証九八・七パーセント。家族アルバムとも一致」


「なら、記録にはそう書く」


写真右端の指先は消えない。


爪と第二関節の一部しか写っていないため、顔認証は使えなかった。


ねむは事故時の装備映像から、手袋を外した隊員の手を抽出した。


傷の位置、爪の幅、右人差し指の古い骨折痕。


一致候補の最上位に、相崎悠人と表示された。


公開編成表には存在しない六人目だった。


「指先だけ残る理由は」


「預けられていないから、でしょうか」


「俺の存在記録は庁内に余ってる」


「公開記録からは消えています」


ねむは写真を保護板で挟み、進行を止めるため遮光袋へ入れた。


袋の裏に残った鉛筆文字を、斜光撮影する。


六人の名字の下に、別の圧痕があった。


《B3―17 照合標本》


「写真は遺品じゃない」


ねむが言った。


「倉庫にある何かの、照合用見本だった」


「だった、は早い」


「では、誰かが照合用に使おうとした」


相崎は保留書を作った。


所有者不明。


死亡者を含む肖像情報。


進行性の改変。


監査資料との同一性が疑われるため、通常の写真保管庫から外す。


相崎は証拠保全欄へ押した。


遮光袋を閉じる直前、ねむが中を確認した。


中央の女性は、もう顔の半分を失っていた。


それでも右端の指先だけは、写真の外側から何かを掴む形で残っていた。


B3―17は場所ではないと、施設課は回答した。


同じ時刻、廃止済みの保管庫から、入退室記録が一件上がっていた。

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