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ダンジョン遺失物課――その心臓を返せば、持ち主は五年前に死んだことになる  作者: 他力本願寺


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第23話 ハル、配信事故

自死した男の住所が、生配信のコメント欄に固定されていた。


固定したのは配信者ではない。


だが、涼村ハルは表示された住所を十一分間、消さなかった。


面談室のモニターに、昨夜の記録映像が止まっている。


蛍光色のパーカーを着たハルが、封筒から古い音声カードを取り出す場面だった。


カードには、五年前、男が家族へ残した言葉が記録されていた。


本人は一度それを捨て、その後は別の土地で暮らしていた。


「再生は不要です」


遺族代理人の書面を読み終えたねむが、映像の再開を止めた。


相崎も再生を命じなかった。


聞かなくても、配信画面の反応欄に内容の断片が残っている。


ハルはパイプ椅子の前半分に座り、両手で紙コップを挟んでいた。


机の反対側には、所属事務所の法務担当がいる。


「入手経路を説明してください」


ねむが訊いた。


法務担当が口を開くより先に、ハルが答えた。


「処分済み遺失物の再利用市場。会員制です」


「国家の処分品を売る市場はありません」


「でも、請求書には管理局の委託事業って書いてある」


ハルはスマートフォンを机へ置いた。


画面には《喪失資源適正化事業》のロゴと、納品明細が表示されている。


販売者はM04アーカイブズ。


品名は《音声記録・権利処理済》。


「うちが契約したのは映像制作素材です」


法務担当が言った。


「個人を特定できない状態で提供されると説明を受けています」


「開封前に、本人の氏名を知っていましたか」


「知りませんでした」


ハルの返事は早かった。


「開けたあと、分かりました」


「いつ」


「配信開始から四分。カードの裏に本名が残ってた」


「五分後、本人を名乗るアカウントから削除要求が届いています」


ねむが時系列を示した。


六分後、視聴者が過去の勤務先を特定。


八分後、住所が書き込まれる。


九分後、ハルのスタッフが固定表示にする。


十五分後、ハルは配信を終了。


「スタッフが固定したのは、偽情報だと思ったからです」


法務担当が言う。


「注意喚起のための晒し上げだったと」


「晒し上げを注意喚起と呼ぶのは、御社の社内規程だけにしてください」


相崎は記録を一頁めくった。


机の下で、ハルの紙コップがへこんだ。


「あなたは本人の要求を読んだ」


「読んだ」


「それでも続けた」


「止めたら、配信一本分のスポンサー違約金が私の口座から落ちる契約だった」


法務担当がハルを見る。


ハルはそちらを見なかった。


「事務所が用意した素材で、事務所の人がコメントを固定して、違約金だけ私名義。そういう契約」


「だから責任がないと?」


「あるよ」


紙コップの縁が、もう一度折れた。


「消せたのは私。十一分、数字を見てた。昨日の最高同接だったから」


冷凍保管庫の低周波音が、面談室の壁を通して届いた。


配信停止後、男は所属会社と警察へ連絡している。


動画の削除を求めた記録も残した。


翌朝、死亡が確認された。


原因を配信だけに帰すことはできない。


配信が無関係だったと処理することもできない。


「遺失物を見せれば、隠された被害も出てくる」


ハルが言った。


「前に、捨てられた契約書から未払いを見つけた。告発した人にお金が戻った。見せること全部が悪いとは思わない」


「今回の音声に公益性は」


「なかった」


「では、なぜ選んだ」


「視聴者投票で一位だったから。声は伸びるって、仕入れ先からも言われた」


相崎は納品明細を拡大した。


備考欄に、小さな英数字列がある。


《B3―17/音声・恐怖反応A》


焦げたメモや真鍋の日誌控えと同じ倉庫番号だった。


ただし商品区分は、音声カードそのものを示していない。


持ち主が再生を恐れる反応まで、値段に含まれていた。


「端末を提出してください」


ねむが言った。


法務担当が即座に首を振った。


「任意提出には応じられません。未成年者の個人情報と、当社の営業秘密が」


「昨夜から今朝までに、仕入れサイトへ三回ログインしています」


相崎はハルのスマートフォンを見た。


「データの遠隔削除が実行されれば、証拠保全妨害として扱う」


ハルは端末を伏せた。


「消してない。向こうから、一覧が消え始めてる」


彼女がもう一度画面を開く。


購入履歴は百二十件あったはずだという。


表示されているのは七十六件。


相崎が見ている間にも、一件が灰色になり、《取扱終了》へ変わった。


「スクリーンショットは」


「ある。でも渡すなら、事務所から来た指示も一緒に出す」


法務担当の椅子が鳴った。


「ハルさん、その話は」


「私だけを切って終わらせるなら、出さない」


「提出条件を選べる立場ではありません」


ねむの言葉に、ハルは顔を上げた。


「じゃあ、私とあの人たちを同じ記録に残して。私が選んだことも、選ばされたことも」


ハルはスマートフォンの背面から、薄い記憶カードを抜いた。


配信前の打合せ音声と、公開を止めなかった三件の収益明細が入っているという。


法務担当が、提出すれば未払い報酬の留保条項が発動すると告げた。


今月分だけではない。


事務所が管理する過去動画の分配も、調査終了まで止まる。


「提出しない場合は」


ねむが訊いた。


「事務所の指示があったことを、私の供述だけで証明する」


「あなたが公開を続けた記録は、端末に残る」


「そっちだけ残るね」


ハルは記憶カードを証拠袋の上へ置いた。


「じゃあ、両方止める」


未払い報酬と、事務所だけが責任を外れる道を同じ一枚で手放した。


相崎は行政指導書の作成画面を開いた。


無許可取得の停止。


全配信素材の保全。


本人または遺族から削除要求があった映像の公開停止。


端末と契約書の監査提出。


これは遺失物の四決裁ではない。


相崎は行政指導書へ自分の職員番号を入力した。


「指導書は事務所と本人、双方へ出す」


相崎は言った。


「未成年であることは、契約の責任を軽くする。公開を続けた事実は消さない」


ハルは折れた紙コップを机へ置いた。


「大人はみんな、失くしたことを隠して生きてるだけでしょ」


相崎は返事をしなかった。


ねむがハルの端末を機内モードへ切り替え、証拠袋へ封緘する。


その十一秒の間に、購入履歴はさらに二件、遠隔で消えた。

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