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ダンジョン遺失物課――その心臓を返せば、持ち主は五年前に死んだことになる  作者: 他力本願寺


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22/33

第22話 婚約指輪、ただし片方

指輪は、持ち主の体温だけを五年遅れて戻してきた。


検疫を終えたばかりのプラチナは、室温より六度高い。


透明なトレイの上で、輪の内側に埋め込まれた小さな青い石が蛍光灯を返していた。


「第一種。第十二ダンジョン深層、昨日二十二時十四分排出」


ねむは製造番号の照会結果を途中で切った。


画面には所有者の氏名が出ている。


久住あさひ。


「遺族への返却申請は」


相崎が訊くと、ねむは首を横に振った。


「ありません。排出理由は『本人希望』です」


死者本人による、二十二時十四分の返却要求。


時刻認証も、署名もない。


システムが理由欄へ自動で挿入した四文字だけが残っていた。


「死者向け電子申請は、まだ試験運用にも入っていない」


「来年度予算にもありません」


「財務省は現世だけで手一杯か」


ねむは反応せず、指輪を撮影台へ移した。


相崎の冗談を不受理にする時の手つきだった。


リングの内側には製造番号のほか、二本の短い線が刻まれている。


装飾ではない。


同じ工房で一組として作られたことを示す対の印だ。


「これ、姉のじゃないですか」


ねむは画面ではなく、相崎を見た。


「同型は多い」


「製造番号は一つです」


「所有者照会は済んでる」


「聞いているのは、行政上の所有者ではありません」


相崎は返事の代わりに、検査記録を手元へ引いた。


ねむは質問を追わず、青い石を拡大した。


石の台座に、白い樹脂が薄く残っている。


深層由来の鉱物ではない。


包装材に使われる工業用の防湿樹脂だった。


「排出されたばかりの品に、民間倉庫用の封緘材が付いています」


「鑑定は」


「資材課の照会では、管理局の処分委託先三社が使う規格です」


ねむは比較画像を並べた。


樹脂には目視できない青色の識別粒子が混ぜられている。


製造ロットは五年前。


真鍋の日誌控えに残った《M04》と、委託資材の出荷先コードが一致していた。


「指輪は深層から直接出たんじゃない」


ねむの声が短くなる。


「一度、人の手で封緘されている。保管か、移送か。そのあと、もう一度ダンジョンへ入った」


「樹脂が別の物品から移った可能性」


「台座の内側です。上から塗られています」


「本人希望の記録が、封緘した人間の入力なら」


「死者を本人として扱ったことになります」


相崎は指輪へ検疫手袋の指を当てた。


輪郭は一つではなかった。


細い指に嵌まる形。


金属棚に立てて並べられる形。


誰かがピンセットで石の台座へ樹脂を垂らす形。


三つ目の輪郭には顔がなかった。


指輪が温かい理由は、そこからは分からない。


「青い石の成分、変です」


ねむが分析票を指した。


天然石のはずなのに、内部に情報記録用の微細な層が形成されている。


人の手で加工した痕跡ではなく、ダンジョン内で生じる記憶定着と同じ構造だった。


非破壊走査で見えるのは、層の形だけだった。


記録層は二本の細線に分かれ、同じ二点を逆向きに結んでいる。


片方は所有者の生体署名から、未照合の署名へ。


もう片方は未照合の署名から、所有者へ。


二本の太さは違い、所有者から出る線だけが濃かった。


「何が入っている」


「向きと濃度までです。内容は読み出せません。開けば石を壊します」


「対の指輪なのに、同じ強さじゃない」


「対の物品と、対の意思は別だ」


「開封申請は」


「遺族の私が出せます」


「担当を外れることになる」


ねむは右耳に触れた。


指先はすぐ離れた。


「では、出しません」


遺族として知る権利を使えば、職員として証拠に触れられない。


職員として保全すれば、妹として中身を知る日は先へ延びる。


ねむは遺族用の開封請求書を一度だけ呼び出した。


申請人欄には、戸籍照合で自分の氏名が入っている。


開封目的を選ぶ欄には、形見分け、相続確認、故人意思の確認。


三つ目へ印を付ければ、青い石を壊して内部記録を読むことができる。


代わりに、ねむは事故関連監査の閲覧者から即時に外れる。


指輪だけではない。


真鍋の日誌、集合写真、未特定の第一号案件も、親族案件として灰色になる。


監査終了後に遺族として戻ることはできる。


終了予定日は空白だった。


「今なら、家族として先に見られます」


相崎は請求書の期限欄を見た。


監査証拠へ指定された後は、外部監査官二名の同意がなければ開封できない。


遺族優先の受付は、今日の封緘時刻までだった。


「分かっています」


ねむは三つ目へ付けた印を消した。


消去履歴だけが用紙へ残る。


「後で申請し直せる」


「その時は、私が最初に読む人ではありません」


青い石の記録を先に見る権利も、誰に見せるかを家族だけで決める権利も失う。


ねむは開封請求書を破棄しなかった。


《請求見送り》と書き、監査資料の末尾へ付けた。


知らなかったのではなく、証拠を残すために見なかったことを記録する。


監査用の緩衝箱が運ばれてきた。


内側は指輪一つに対して大きすぎた。


ねむはリングを入れ、蓋の四隅を自分で閉じた。


最後の留め具が噛み合った時、温度計の数字が見えなくなった。


家族へ返る形見は、監査が終わるまで一つ減った。


運搬担当が、遺族立会いの署名欄をねむへ向けた。


ねむは受け取らず、空欄へ斜線を引いた。


ここで家族として署名すれば、監査担当を外れないという選択だけが形式になる。


外部監査官が代わりに箱を受領した。


ねむは保管場所も、金庫の解錠者も知らされない。


監査資料には触れられる。


姉の形見がどの棚にあるかだけは、家族として尋ねても答えが返らなくなった。


運搬票の控えを、自分の遺族書類ではなく案件記録へ綴じた。


相崎は二枚の書式を並べた。


一枚は遺族返却。


もう一枚は、異常記録を伴う証拠品の保留。


「返却すれば、本人希望という偽記録まで真正として扱われる」


ねむが言った。


「処分すれば、樹脂の経路が消える」


「保留なら、誰が持ち出すか分からない」


「だから通常保管庫には置きません」


ねむは新しい証拠袋を出した。


袋の継ぎ目へ、日付と二人の署名をまたがせる。


さらに重量を一グラムの千分の一まで測り、青い石の向きを図面に残した。


五年前の制度にはなかった手順だった。


相崎は保留欄へ印を押した。


「第一種。由来不明の情報媒体を含むため、監査用金庫で保留」


ねむは袋を持ち上げた。


温度表示は、まだ人肌に近い。


「主任」


「何」


「対のもう片方は、どこにあるんでしょう」


相崎は空になったトレイを布で拭いた。


一周させた布の端に、青い識別粒子が三つ付いた。


同じ粒子は、白紙の保留決裁書を包んでいた古い封筒からも検出された。

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