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ダンジョン遺失物課――その心臓を返せば、持ち主は五年前に死んだことになる  作者: 他力本願寺


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第18話 忘れ物の忘れ物

焼却済みの腕時計に、熱を受けた跡がなかった。


銀色のケース、ひびの入った文字盤、三時十七分で止まった針。


三年前の処分前写真と、傷の位置まで一致している。


記録上は、遺失物課の処分箱から焼却炉へ落とされ、千二百度で破砕されたはずだった。


「第一種、再排出」


ねむが旧案件を呼び出した。


「所有者は坂井洋一。当時の決裁は処分。焼却証明書、搬送重量、炉内温度、すべて正常です」


「時計だけが規程を読まなかったか」


相崎は裏蓋へ指を置いた。


煤が薄くついている。


布で一度拭うと、その下から青い油が出た。


焼却炉では使わない種類の機械油だった。


「第4外部倉庫の搬送機と同じ成分です」


ねむが検疫データベースを照合した。


「どうして外部倉庫の油が」


「焼かなかったからだ」


相崎は処分記録の末尾を見た。


〈物理処理完了〉。


その一行があるため、誰も搬送先を確認していなかった。


処分は法的区分であり、初期規程では再利用可能品を別施設へ移す余地がある。


だが腕時計は再利用対象ではない。


記憶も人格片も含まない、ただの物理物だ。


「当時の所有者へ確認します」


坂井は音声だけの面談を希望した。


「返さないでください」


接続直後に言った。


「三年前にも、そう頼みました」


「処分理由は、事故時刻を指して止まった時計を見たくないため」


ねむが旧記録を確認した。


「奥様が亡くなった交通事故ですね」


「もう、その説明も残さないでほしい」


「再処分には理由の再記録が必要です」


「国は、忘れるためにも同じことを何度も言わせるんですか」


音声回線の向こうで紙が裂ける音がした。


相崎は処分経路の確認だけを続けた。


旧案件の搬送重量は四百八十グラム。


腕時計は百十二グラム。


耐熱容器を含めても二百グラムに届かない。


焼却炉へ送られたのは、別の何かだった。


計量器の故障なら、時計だけでなく同じ便の全品が重く記録される。


ねむは前後十件を抜き出した。


九件は搬入時と炉前で誤差二グラム以内。


時計の案件だけが二百八十四グラム増えている。


「容器を取り違えた可能性は」


相崎が訊いた。


ねむは当日の炉前確認者へ音声をつないだ。


既に委託を離れた男は、保存していた作業日報を机へ広げた。


『銀色の耐熱箱が一つ。封印にM04とありました。腕時計なら透明の小容器のはずだから、班長へ聞いたんです』


「回答は」


『管理局側で詰め替え済み。開けずに落とせ、と』


日報の欄外には、箱の封印番号が手書きされていた。


旧案件の焼却証明書と末尾七桁が一致する。


箱を取り違えたのではない。


時計の番号を付けた別の箱を、承知して炉へ送っていた。


「重量欄が差し替えられています」


ねむは入力履歴を開いた。


処分当日の数値は百九十六グラム。


三日後、監査権限で四百八十へ上書きされている。


担当者名は空欄。


承認印画像だけが貼られていた。


印影は相崎の姓だった。


「主任の印ですか」


「画像では判定できない」


相崎は画面を拡大した。


朱肉の滲みがない。


紙へ押した印影を読み取ったのではなく、輪郭データをそのまま貼り付けたように均一だった。


「原票は」


「保存期限内です。処分庫の紙原本にあるはずです」


ねむは処分箱の保守扉を開けた。


時計をもう一度流す前に、経路を実地確認する。


垂直のダクトには、落下物を数える光学センサーと、詰まりを防ぐ点検網がある。


網の隅へ、折れた紙片が張りついていた。


煤で灰色になり、半分は油を吸っている。


相崎が長い鉗子で取り出した。


数字と英字が一行。


〈R4/B7-12〉


その下に、七桁の業者番号。


「搬送コードでしょうか」


ねむが撮影した。


「現行一覧にはありません」


「旧一覧を当たれ」


二〇二一年版にもない。


二〇二二年版では、コード表そのものが保存対象外になっている。


ただ、腕時計の青い油を採取した外部倉庫の旧称が〈第4再資源化保管区〉だった。


R4。


偶然と切るには、位置がよすぎた。


紙片は処分箱へ捨てられたのではない。


ダクトの途中から上へ吹き戻されていた。


焼却炉からではなく、分岐搬送路から。


処分箱の下で、焼却と外部移送に経路が分かれている可能性がある。


「設備図には分岐がありません」


ねむが壁の配管図を見た。


一本の線が焼却炉へ直結している。


「図面にないなら、予算にもない」


「無料で作った通路でしょうか」


「国の設備で、それが一番高くつく」


相崎は紙片を新しい証拠袋へ入れた。


腕時計とは別件。


所有者は不明。


品目は処分経路コード片。


分類欄だけが決められない。


「時計の決裁は」


ねむが訊いた。


坂井は返却を拒否している。


保留すれば事故時刻を示す時計を国家が持ち続け、本人へ定期照会が飛ぶ。


返却は望まない過去を物理的に送り返す。


異議申立てを求めれば、既に明確な意思をもう一度書かせる。


「再処分」


相崎は言った。


「ただし今回は焼却炉の投入口まで職員二名で確認。重量記録を紙と映像で外部監査領域へ送る」


ねむが坂井へ手続き完了予定を伝えた。


「これで終わりますか」


坂井が訊いた。


「時計については」


ねむは範囲を限定した。


「三年前の処分記録については、別の調査を始めます。坂井さんへの追加聴取は行いません」


「俺の時計を使って、国の調査をするんですね」


「そうなります」


「捨てたものまで、国の役に立つのか」


回線が切れた。


相崎は再処分票へ印を下ろした。


印面がこもった音を紙に残した。


時計はねむと課長立会いのもとで処分箱へ入れられた。


光学センサーが一個を数え、重量計が百十二グラムを記録する。


その三秒後、相崎の端末から三年前の案件画面が消えた。


〈再処分完了に伴い、旧データを統合しました〉


統合先は表示されない。


ねむが直前に保存した監査画面だけが残った。


再処分は時計を消した。


同時に、最初の処分記録も通常画面から消した。


坂井の利用者画面には《ご希望の処分が完了しました》だけが届いた。


その裏で記録が消えたことを、本人へ知らせる欄はなかった。


相崎は証拠袋のコードを見た。


R4/B7-12。


冷凍保管庫の低周波音に重なって、処分箱の下から別の機械が動く振動が一度だけ返ってきた。

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