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世界を揺るがす最凶獣、ただいま「待て」の最中です  作者: ペクチン21字


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【第2話】お座りができたら、お客様(?)が来ました

異世界に転生し、ノアを相棒にしてから、一週間が経過した。

神様から授かった『万能創造』のスキルで作ったログハウスと、その横にある家庭菜園で、俺たちは快適に暮らしている。

ノアは中身が魔王であるためか、学習能力が尋常じゃなく高い。トイレの場所は初日に完璧に覚え、俺が畑を耕していると、短い前足でトコトコとやってきて、ちょうどいい深さのうねの穴を掘るのを手伝ってくれる。

「よし、ノア。ご飯にするぞ。今日は畑で採れたてのトマトも混ぜてやったからな」

「ワンッ!」

ノアはログハウスの床を短い足でタタタッと鳴らしながら、俺の足元へ駆けてきた。

食べる量はそれなりに多いのだが、神様が言っていた「成長速度:極めて緩やか」という言葉通り、ノアの見た目は一週間経っても全く変わっていない。相変わらず両手に収まる子犬サイズのままだ。

「本当に手がかからない良い子だな。だけど、だからこそ、基礎的なしつけは今のうちに徹底しておかないとな」

何しろ、こいつの保有スキルには『終焉の劫火』だの『空間断裂』だの、物騒な文字が並んでいるのだ。ドッグトレーニングの基本は、主従関係の構築、そして「主人の指示を聞くことは、自分にとって最大のメリットがある」と理解させることだ。

俺は皿に入った特製フードを手に持ち、ノアの前に立った。

フードと、もぎたてトマトの甘い匂いに、ノアの鼻がピクピクと動き、尻尾の回転速度が上がる。

「ノア。――『お座り』」

俺は静かに指示を出し、ノアの頭上に少しフードの手を掲げた。ノアは賢い瞳で俺を見上げ、すんなりとその小さな漆黒のお尻を床につけた。

「よし、お利口だ。……次、――『待て』」

皿を床に置く。ノアの身体がピクッと前方へ傾きかけたが、俺が手のひらを出すと、じっと皿のフードを見つめて完全に静止した。

生後数日の子犬なら、誘惑に負けて飛びつくのが普通だ。だがノアは、プルプルと短い尻尾を震わせながらも、じっと耐えている。偉すぎる。

「――よし! 食べていいぞ」

「キャンッ!」

許可の合図を出した瞬間、ノアは待ってましたとばかりに皿に顔を突っ込み、小さな尻尾を激しく振りながらフードを突き始めた。

「うん、完璧だ。本当に天才だな、お前は」

俺はノアの頭を優しく撫で回して褒めた。そんな微笑ましい日常の最中、畑の向こう側の草むらから、ガサガサと草を分ける音が聞こえた。

「ワンッ!?」

ノアがピタリと食事を止め、耳をピンと立てて外を警戒する。

俺が窓から外を覗くと、家庭菜園のすぐ外側に、一人の少女が倒れ込んでいるのが見えた。

燃えるような紅い髪に、頭からは立派な一対の角。背中にはボロボロに傷ついた漆黒の翼が生えている。まるでファンタジー映画の女戦士といった風貌の美少女だ。

『上位鑑定』を試してみると、【種族:竜人族ハイ・ドラゴニュート】【状態:重度の魔力枯渇・衰弱】と表示された。かなりの上位種族のようだが、今は命の危険があるレベルで弱り切っている。

「おい、大丈夫か!?」

俺は急いで外へ飛び出し、彼女を抱き起こした。ノアもトトトッと後ろから付いてきて、心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる。

「う……あ……」

少女はかろうじて琥珀色の薄目を開けたが、俺の姿を見ると、恐怖で顔を真っ青に染めた。いや、正確には、俺の後ろにいるノアを見た瞬間、彼女の全身がガタガタと震え出したのだ。

彼女の視線からは、圧倒的な恐怖と、それ以上の深い絶望が感じられた。

(あ、そっか。彼女は最高位の竜人族だから、ノアが隠しきれていない微弱な『魔王の覇気』を本能で察知しちゃってるんだな)

このままだと、恐怖のショックで心臓が止まりかねない。

俺はノアの頭をぽんぽんと叩き、「ノア、お座り。待てだぞ」と優しく指示を出した。ノアはすぐにその場でお座りをし、覇気を完全に抑え込んで、ただの可愛い黒柴のふり(?)をした。

そして俺は『万能創造』の魔力と、畑で採れたばかりの不思議な栄養満点のイチゴをすり潰し、特製のスムージーを作って彼女の口元へ運んだ。

「これ、飲むと楽になるぞ。怪我はないから安心しろ。ただの趣味の家庭菜園だからな」

「かてい……さいえん……?」

少女は困惑しながらも、差し出された温かいスムージーをごくごくと飲み干した。すると、みるみるうちに肌に血色が戻り、傷ついていた翼の傷が光の粒子となって癒えていく。

彼女は驚愕したように自分の手を見つめ、それから、大人しくお座りをしているノア(魔王)と、それをフランクに撫でながら「トマト美味いぞ」と笑っている俺の姿を交互に見つめた。

彼女の脳内では、今、凄じい「勘違い」が繰り広げられていた。

(ば, 馬鹿な……!? 世界を滅ぼすと予言されたあの『魔王』の幼体を、ただの『お座り』や『待て』の一言で完全に支配している……!? しかも、伝説の世界樹のユグドラシル・ベリーすら痕駕する神の霊薬を、ただの畑の果物として私に与えた……。この男、一体何者なの!? もしかして、魔王をも従える、神話の時代の【絶対神】の化身……っ!?)

「あの……お命を救っていただき、感謝いたします。私は竜人族の戦士、ルリ。どうか、私をあなたの配下ペットとして、この地に置いていただけないでしょうか……!」

紅い髪を地面に伏せ、少女はふかふかの畑の横で、見事な五体投地ドゲザを決めた。

「え? いや、うちはただの趣味の畑だし、配下とかはいらないんだけど……。あ、でも、たまにノアの遊び相手になってくれたり、雑草むしりを手伝ってくれるなら、ここにいてもいいぞ?」

「(ざ、雑草むしり……っ!? 魔力を込めて世界の邪気を払えと……! やはりこれは、私への試練……!)」

ルリはビシッと背筋を伸ばし、覚悟を決めた琥珀色の目で頷いた。

「喜んで! この命に代えても、その大役を果たしてみせます!」

「いや、そんな大げさな話じゃないんだけどな……」

こうして、趣味でのんびり野菜を育てるはずだった最果ての地に、最初の「畑のスタッフ(?)」として、世界最高峰の戦闘力を誇る竜人族の少女が加わった。

主人の俺が知らないところで、「あの場所には、魔王を犬のように手懐け、世界樹以上の野菜を育てる絶対神がいる」という噂が、世界の裏社会や魔獣たちの間で少しずつ広まり始めていくことを、この時の俺はまだ何も知らなかった――。

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