【第1話】最高に可愛い相棒(※ただし種族は黒柴?)
「……う、ん……」
心地よい風が、俺の頬を優しく撫でた。
ゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど鮮やかで、どこまでも続く緑の絨毯だった。ここが神様から貰った俺だけの領地、人類未踏のフロンティアだ。
さっそく、神様から貰った『万能創造』のスキルを試してみることにした。
頭の中で「頑丈で過ごしやすいログハウス」と「トマトやナスを植えるための小さな家庭菜園の畑」をイメージし、体内に感じる不思議なエネルギー――魔力を練り上げる。
「――構築」
ポスン、という小気味よい音と共に、草原の真ん中に立派な2階建てのログハウスと、ふかふかに耕された黒土の畑が出現した。
「うん、趣味の拠点としては完璧なスタートダッシュだな。さっそく何か種でも植えるか」
「きゅ〜〜〜ん……」
感心していると、足元から、鼓膜がとろけそうなほど愛らしい、か細い鳴き声が聞こえた。
ビクッとして視線を落とす。そこには、俺の靴のすぐそばで、ちょこんと座り込んでいる小さな生き物がいた。
「……ッ!!」
プロのドッグトレーナーとして、数千匹の犬を見てきた俺の心臓が、一瞬で鷲掴みにされた。
毛並みは夜の闇をそのまま切り取ったかのような、艶やかな漆黒。眉の上には麻呂まゆのような可愛い茶色の斑点がある。大きさは両手にすっぽりと収まる、生後数週間といったところの超小型サイズ。
どう見ても、前世で大好きだった「黒柴の子犬」そのものだった。
「可愛い……なんだこの生き物、破壊的な可愛さだぞ……!?」
「おいで」
俺がしゃがんで両手を差し出すと、子犬はキャンキャンと嬉しそうな声を上げながら、短い足を一生懸命に動かして俺の胸に飛び込んできた。ペロペロと小さな舌で俺の顎や頬を舐め回す。
「よしよし、お前が俺の最初の相棒だな。これからよろしく。まずは、お前の体調に問題がないか確認させてくれよな」
職業病というやつで、俺は神様から貰ったもう一つのスキル『上位鑑定』を、何気なくその子犬に対して発動した。
ピロン、という軽いシステム音と共に、俺の視界に半透明のステータスウィンドウが展開される。
【ステータス詳細】
・名前:未設定(主人:犬飼 陣)
・種族:黒柴(?)
・年齢:0歳(生後3日)
・状態:極めて良好(※真の種族:魔王/成長速度:極めて緩やか)
【保有能力・スキル】
・魔王の覇気:周囲の生物を威圧し、絶対の恐怖を与える。
・終焉の劫火:全てを灰に帰す黒き炎を放つ。
・空間断裂:対象の空間そのものを切り裂く。
「…………は?」
固まった。俺の脳細胞が一斉にストライキを起こした。
何度も目をこすり、表示されている文字を読み直す。
真の種族:魔王。
「神様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!?????」
俺の絶叫が、静かな草原に木霊した。
黒柴(?)って書いてあるけど、カッコの中身が世界を滅ぼすラスボスってどういうことだよ! 神界の倉庫の管理体制どうなってんだ!?
「きゅん? ワンッ!」
俺がパニックを起こしているのを見て、黒柴(?)は不思議そうに小首を傾げ、俺の手のひらに自分の小さな頭をすり寄せてきた。「どうしたの?」とでも言いたげな、純粋無垢な瞳だ。
「……いや、落ち着け、俺。焦るな」
深呼吸を繰り返し、冷えそうになる頭で必死に考える。
仮にこいつが本当に魔王の卵だとしても、今は生後3日の赤ん坊だ。善悪の判断もなければ、世界の破壊なんて大それた思想を持っているはずもない。
前世でもそうだった。一歩間違えれば凶暴になり得る犬種だって、飼い主の正しい愛情としつけがあれば、世界一優しくて従順なパートナーになる。要するに、これからの俺の「育て方としつけ」次第なのだ。
「よし……決めた。お前が魔王だろうが何だろうが、俺と一緒に暮らすからには、俺の可愛い愛犬だ。畑仕事も一緒に手伝ってくれよな」
俺は覚悟を決め、その小さな身体をもう一度優しく抱きしめた。
「お前の名前は『ノア』だ。新しい始まり、って意味を込めてな。よろしくな、ノア」
「きゅ〜〜んっ!」
ノアは嬉そうに短く鳴くと、俺の腕の中で満足そうに目を細めた。こうして、元ドッグトレーナーの俺と、見た目は黒柴な魔王ノアの、のんびりとした異世界家庭菜園生活が始まったのだった。




