賢い選択と、大人の階段
「よし、これにする!」
ひよりは意を決して、掲示板の下の方に貼られていたルビーアップルの依頼書を丁寧に剥ぎ取った。
そのまま、先ほど登録してくれた優しそうな受付のお姉さんの窓口へと戻る。歩くたびに、藍色のローブを限界まで押し上げている豊満な胸が
「たぷん、たぷん」
と柔らかに揺れ、ギルド内の男たちの視線を引き戻していたが、ひよりの頭の中はすでに「初めてのお仕事」のことでいっぱいだった。
「お姉さん、このお仕事にします!」
ひよりがカウンターに依頼書を差し出すと、お姉さんはそれを一瞥し、それからひよりのやる気に満ちた美しい顔を見つめた。
「ルビーアップルのおつかい依頼ですね。……うーん、ちょっと待ってね、ひよりさん」
お姉さんは少し眉をひそめて、親身になって人差し指を顎に当てた。
「さっき、お家もお金もなくてゼロだって言ってたよね? だとしたら、まずは市場に行って、ルビーアップルを5個買うのにいくらかかるか値段を聞いた方がいいわね。そのあとで依頼人のところへ行って、『果物を買うためのお金(前払い金)を先にください』って交渉した方が安全よ」
「えっ……? どうしてですか?」
お姉さんは困ったように苦笑しながら説明してくれる。
「この依頼書、書き方が少し大雑把でしょう? もし、この報酬の『銅貨3枚』の中にルビーアップル5個の代金が含まれていたら……ひよりさん、完全に『赤字』になっちゃうかもしれないわよ?」
「あ、あかじ……?」
ひよりは、聞いたことはあるけれど自分には縁のなかったその単語に、形の良い眉をきゅっと寄せた。思考が追いつかず、心の中で慌てて相棒に助けを求める。
(ね、ねえキュア……! アカジってなぁに? お金が足りなくなるってこと……?)
頭の中から、キュアのちょっぴり深刻そうな声が返ってくる。
『そうだね。もしお店での買い物の合計が銅貨5枚だったとして、貰える報酬が銅貨3枚だったら、ひよりは自分のポケットから銅貨2枚を支払わなきゃいけなくなる。でも、今のひよりは一銭も持っていないだろ? つまり……お店の人にお金を払えなくて、いきなり『借金』になっちゃうってことさ』
「し、借金……っ!?」
異世界に来て初日に、まさかそんな恐ろしい大人の単語を突きつけられるとは思ってもみなかった。
ひよりは顔を真っ青にし、恐怖のあまり細い両腕で自分の豊かな胸元をぎゅっと抱きしめた。
その拍子に、肉厚な双丘が中央にムギュッと押し潰され、タイトなローブの生地がはち切れんばかりに引き連れる。緊張で呼吸が激しくなるたび、その圧倒的な質量が
「ぶるん、ぶるん」
と波打ち、カウンター越しのお姉さんすら一瞬目のやり場に困るほどの色気が溢れ出していた。
「こ、怖いよキュア……! 借金なんて絶対に嫌だよ! お金がないと、わたし、この世界で大変なことになっちゃう……!」
泣きそうになっているひよりの心を落ち着かせるように、キュアは諭すように言葉を続けた。
『だからこそ、さっきお姉さんが言ってくれた通りにするんだよ。先に市場で代金を確認して、それを依頼人に請求して預かればいい。この依頼の『銅貨3枚』っていうのは、品物を代わりに買って届けるための『デリバリー費用(手数料)』ってことだと思うからね』
「そ、そっか……! 先にお金を貰えばいいんだね……」
ようやく仕組みを理解し、ひよりはホッと胸をなでおろした。大きく息を吐き出すと、押し潰されていた爆乳が
「ふわん」
と元の形に弾むように戻り、豊かな谷間が再び露わになる。
そんなひよりの様子を優しく見守っていた受付のお姉さんは、安心させるようににっこりと微笑んだ。
「仕組みは分かったかしら? 依頼が無事に終わったら、依頼人さんから『完了書』にサインを貰って、このギルドに持ってきてね。報酬の銅貨3枚はその時に受付でお渡ししますね」
「はい! わかりました!」
ひよりは元気よく返事をして、大人の美しい顔に10歳の純真そのものの笑顔を咲かせた。
「お姉さん、ありがとうございます! 行ってきます!」
「ええ、気をつけてね」
依頼書を大切に握りしめ、ひよりは再び活気あふれる街の市場へと歩き出した。
まだ大人の身体のバランスや、歩くたびに大きく揺れる胸の重みには慣れないけれど、借金の危機を回避したひよりの足取りは、どこか誇らしげで、確かに一歩ずつ前へと進んでいた。
【優しいおばさんと、わからない住所】
ひよりはさっき歩いてきた道を戻り、ルビーアップルを美味しく食べさせてくれた親切なおばさんの露店へとやってきた。
「おばさん、ただいま!」
「おや、旅の魔法使いのお嬢さん。さっきぶりだね」
おばさんはにこにこと顔をほころばせた。ひよりは手にした依頼書を少し得意げに見せる。
「実はね、ギルドでおつかいの依頼を見つけたの。このルビーアップルを5個買ってきてほしいって依頼なんだけど……これって、おいくらですか?」
おばさんは依頼書に目を落とし、
「なるほどねぇ」
と納得したようにうなずいた。
「おつかい依頼かい。ルビーアップルは通常なら1個で銅貨1枚なんだけどね……。あんたみたいに可愛くて素直なお嬢さんがまたうちに来てくれることを期待して、5個まとめて買うなら銅貨4枚にオマケしてあげるよ!」
「わあ、本当ですか!? ありがとうございます!」
想定していたよりも安く買えそうだと知り、ひよりの胸はホッと安堵で満たされる。
「じゃあ、一度依頼人さんのところへ行って、お金を貰ってきます!」
「ええ、いってらっしゃい。品物はちゃんと取っておくからね」
きらきらと瞳を輝かせたひよりは、おばさんに元気に手を振って露店を後にした。
しかし、ここからが本当の難関だった。依頼書に書かれている依頼人の住所を見つめるが、聞き覚えのない通りの名前や区画の番号が並んでいて、どこをどう進めばいいのかさっぱりわからない。
「うぅ……文字は読めるのに、場所が全然わからないよ……」
広い街のど真ん中で、ひよりは迷子の子どものように困り果ててしまった。
頭の中で、キュアがやれやれと声をかける。
『ひより、困ったときはさっきの“あの人”を頼りなよ。ほら、街の入り口にいる親切な(下心満載の)お兄さんたちさ』
「あ、そっか! 門番さんなら街のこと詳しいよね!」
【門番のサービスと、無防備な谷間】
ひよりは小走りで街の正門へと引き返した。
少し走るだけでも、ローブの内側にある驚異的な質量の双丘が
「たぷんっ、たぷんっ」
と容赦なく上下に暴れ狂う。その肉厚な重みが全身を揺らす気恥ずかしさに、顔を少し赤くさせながら、ひよりは門番の前にたどり着いた。
「あの……門番さん、またすみません……!」
「おおっ! 美人魔法使いさん、どうしたんだい?」
案の定、門番の男はひよりが戻ってきただけで鼻の下を限界まで伸ばし、デレデレとした笑みを浮かべた。
「この依頼人さんの家に行きたいんですけど、住所がややこしくて分からなくて……」
ひよりが潤んだ瞳で依頼書を見せると、門番は
「よし、任せろ!」
と胸を叩き、なんと本来なら有料か支給品であるはずの『街のガイド地図』を懐から引っ張り出してひよりに手渡してくれた。
「これを見ながら行くといい! ここからならね……」
門番は地図を指さしながら説明を始めたが、その視線は完全に理性を失っていた。ひよりの大人びた美しい顔と、ローブを押し上げる巨大な胸の間を、何度も何度もせわしなく往復している。
「あっちの道をまっすぐ進んで、途中の『魔道具の店』を通り過ぎたあたりが、その依頼人の家だよ」
「魔道具の店……! わかりました!」
ひよりは地図を両手で受け取ると、嬉しさのあまり嬉々として深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます……っ!」
ひよりが勢いよく上体を折って頭を下げた、その瞬間だった。
重力に従って、藍色のローブの胸元がガバッと大きく前方にたわみ、開いた襟元から、押し潰されそうなほど豊満な爆乳の大部分が剥き出しになった。白く滑らかな肌、中央に刻まれた深すぎる肉の谷間が、門番の目の前にこれでもかと差し出される。
「っ……!?」
門番の視線が、完全にその大迫力の谷間で完全に凝固した。心臓が止まるかと思うほどの眼福に、男は言葉を失い、食い入るように胸元を見つめる。
そんな視線に気づくはずもないひよりは、無邪気に
「ふぅ」
と頭を上げた。
「うわっ!」
門番は慌てて視線をひよりの顔へと戻し、何事もなかったかのように頬を真っ赤に染めてデレデレと笑った。
「い、いやいや、いいってことさ! おつかい、頑張ってね!」
「はい! 行ってきます!」
ひよりは笑顔で大きく手を振り返し、門番が指さしてくれた大通りへと元気よく歩き出した。
【噛み合わない二人】
ひよりの後ろ姿を見送りながら門番はデレデレしている。
頭の中でキュアが心底心配そうな、呆れたような声を出す。
『……ねえ、ひより。さっきから見てて思ったんだけどさ、ちょっと自分の動きに注意した方がいいよ』
ひよりは歩幅の広い大人の脚でスタスタと歩きながら、心の中で不思議そうに聞き返した。
(え? なんで? わたし、変な歩き方してた?)
『歩き方じゃなくて、その……無防備すぎるんだよ。さっきお辞儀したときだって、胸元が信じられないくらい丸見えだったよ。あの門番、目が完全に釘付けになってたし……』
(むぼうび……? 防具のこと?)
ひよりは「無防備」という意味を、アニメやRPGに出てくる装備品のことだと脳内変換してしまった。
胸元で歩くたびに
「たぷん、たぷん」
と豊かに揺れる自分の胸を見下ろし、それから楽しそうに目を輝かせる。
(そういえば、魔法使いって防御力が低いもんね! でも防具より……さっき門番さんが言ってた『魔道具屋さん』があるんだって! 本物の魔法の道具、わたし、すっごく見てみたいなぁ!)
全く危機感のない10歳の純真な返答に、キュアは頭の中でガクッと膝を突いた。
大人の男たちの下心を寄せ付けるダイナミックな肉体を持っているのに、中身は完全に「初めての異世界探検」にワクワクしている少女のままだ。
『はぁ……防具じゃなくてさ……。いや、まあ、おいおいでいいか……』
これ以上説明しても今のひよりには通じないと半分諦めたキュアは、深くため息をつきつつも、楽しそうに地図を広げて歩くひよりの初めてのおつかいを、温かく見守ることにするのだった。




