片道依頼の勘違いと未知のダンジョン
ウルフの群れを退けた後は、街道に怪しい影が現れることもなく、荷馬車はきわめて順調に進んだ。
お日様がちょうど空の真上に上り、心地よい風が吹き抜ける午後。一行は無事に目的地である隣町の大きな門をくぐり、商人の護衛依頼はこれにて見事に完了となった。
町のギルド出張所で手続きを終えた後、ベテラン5人組のリーダーである戦士が、ひよりとスコットの前に歩み寄り、チャリンと小気味よい音を立てる小さな革袋をそれぞれに手渡した。
「ほら、これが事前に取り決めておいたお前たちの分の報酬だ。しっかり受け取ってくれ」
「わぁ、銀貨がいっぱい! ありがとうございます!」
ひよりは中身を覗いて、10歳の無邪気さで目を輝かせた。サーシャちゃんのお洋服のふわっとしたドレープ布をひらひらと揺らしながら、嬉しそうに懐にしまい込む。
するとリーダーは、フッと優しく微笑みながら二人に問いかけた。
「これで今回の依頼はすべて終了だ。……さて、お前たちはこれからどうするんだ? すぐに宿にチェックインするのかい?」
その言葉を聞いた瞬間、ひよりとスコットは同時に
「ふえ?」
とマヌケな声を上げ、お互いに顔を見合わせた。
「ええっと……お兄さん、お仕事が終わったのはわかったんですけど……帰りの『出発』は、明日の何時くらいになるんですか?」
スコットが不思議そうに首をかしげて尋ねる。
「帰りの出発……? おいおい、まさかお前ら、この依頼が『往復』だと思い込んでたのか?」
「「えっ……違うんですか!?」」
二人の見事なハモりっぷりに、リーダーは一瞬呆気にとられた後、ハハハと豪快に笑い出した。
「あちゃー、やっぱり新米だな! いいか? 往復の護衛ってのはな、大体は行きも帰りも馴染みのある同じ冒険者に最初から通しで頼むもんなんだよ。
俺たちが受けたみたいな『片道だけ』の依頼はな、俺たちみたいに『その行き先に用事がある冒険者』が、旅費稼ぎを兼ねて単発で受けるのが普通なんだ」
「そ、そうだったんだ……!」
スコットは新米ゆえの確認不足を激しく反省し、ガックリと肩を落とした。
ひよりの脳内でも、相棒のキュアが
「あはは……」
と冷や汗を流しながら苦笑いしていた。
《大失敗だね、ひより。ボクもすっかり往復だとばかり思い込んでいたよ。この世界の冒険者の仕組み、まだまだ勉強不足だったなぁ。でも、帰り道の護衛がないってことは……ボクたちだけであのウルフが出る街道を帰らなきゃいけないのかな?》
(ふえぇ、それはちょっと大変かもぉ……)
不安そうに眉を下げたひよりを見て、リーダーの戦士は「まぁ、心配すんな。帰りの馬車を探すか、他のパーティーに混ぜてもらえばいいさ」と励ましてくれた。そして、自分の大きな大剣に手を置いてニヤリと笑う。
「ちなみに、俺たちが片道でこの町に来た理由はな、この街からすぐのところにある『ダンジョン』に潜るのが目的なんだよ」
「だんじょん……?」
ひよりは小首をかしげ、人差し指を顎に当てて聞いた。
「ダンジョンって、アニメに出てくるみたいな、暗くてコウモリがいっぱいいる『洞窟』みたいなの?」
「洞窟? いやいや、そんな単純なもんじゃねえよ」
リーダーは誇らしげに胸を張り、この町の近くにある未知の領域について語り始めた。
「あそこはな、大昔に栄えて、何らかの理由で地中に沈んだとされる『迷宮都市』の一部らしいんだ。入り口こそ地下へ続く階段だが、中に入れば石造りの古い街並みや崩れた宮殿がどこまでも広がってる。強力な魔獣がうじゃうじゃいるが、眠っているお宝の価値も桁違いさ。まだまだ全部の構造は確認されてなくてな、国中の腕利きが調査を進めている最中なんだよ」
「めいきゅうとし……! すごーーいっ! 昔の街が丸ごと地面の下にあるんだね!」
10歳のひよりにとって、それは『洞窟』という言葉よりも何百倍もワクワクする、まさにファンタジー冒険アニメそのものの世界だった。
「へえ、迷宮都市の一部……」
横にいたスコットも、その壮大なスケールの話に、悔しさを一瞬忘れてゴクリと唾を飲み込んだ。
《地中に沈んだ迷宮都市か……! なんだかもの凄くロマンがあるね、ひより。ボクたちの知らない魔法の技術や、強力な魔導剣のヒントだって眠っているかもしれないよ》
脳内のキュアの興奮した声に、ひよりはさらに目を輝かせた。
思わぬ勘違いから始まった、初めての隣町での滞在。
帰り道という現実的な問題はありつつも、ひよりの心は、新しく耳にした「未知のダンジョン」への好奇心で、サーシャちゃんが作ってくれた制服の胸元のように、ふんわりと大きく膨らんでいくのだった。




