リメイク代と訓練所
お洋服が完成し、さっそくサーシャちゃんにお代を支払うことにしたひより。
だけど、中身が10歳のひよりには、この世界の「お金の相場」がまだよく分かっていない。
「ええっと、サーシャちゃん。お洋服のお代なんだけど……。この前、ハラハさんに何かをお願いしたときは金貨1枚だったから……これくらいかな?」
ひよりは小さな手から、キラキラ光る銀貨5枚を取り出してサーシャに差し出した。
するとサーシャは一瞬目を丸くして、大慌てで両手を振って拒否してきた。
「ええっ!? ダメダメ、そんなに受け取れないよ! 元はシャランさんの古い服のリメイクだし、突貫で作ったものだもん。そんな大金もらうわけにいかないよ!」
「ふえ? そうなの? 相場がよくわからなくて……これって多い?」
ひよりが首をかしげると、サーシャは苦笑しながら教えてくれた。
「多いなんてもんじゃないよ! 普通の街着のリメイクなら、銀貨1枚に届かないくらいが相場なんだから。銀貨5枚なんていったら、新品の上質なドレスが買えちゃうよ」
「そっかぁ。じゃあ……とりあえず、これを受け取って!」
ひよりは、お世話になったお礼とお守り代わりも含めて、銀貨3枚をサーシャの手のひらに握らせた。これなら相場よりは高いけれど、サーシャの頑張りに対するひよりの素直な「ありがとう」の気持ちだ。
サーシャは「うぅ、じゃあ次の服の材料費込みで、ありがたく貰っておくね!」と嬉しそうに微笑んだ。
「しばらくその服を着てみて、他にも『もっとこうして欲しい』っていう希望が出てきたら、また新しく作るね」
「うん、ありがとうサーシャちゃん! またよろしくね!」
次の約束もバッチリ交わして、ひよりはとってもハッピーな気分になった。
サーシャと遊びに行こうとお出かけの準備をしていると、店番をしていたシャランが、乾燥した良い香りのする薬草がぎっしり詰まった大きな袋を抱えて奥からやってきた。
「ひより、ギルドにこの薬草を納品してきてくれないかしら? 終わったら、あとは今日は好きにしていいからね。」
「はーい! 納品、任せて!」
ひよりは薬草の袋を胸元でぎゅっと抱きかかえた。
新しく仕立ててもらったお店用の制服は、胸元をふわっとした布が覆っている二重構造のおかげで、大きな袋を抱えても生地が突っ張ることもなく、すこぶる快適だ。
出発する前、ひよりはサーシャに少し声を潜めて相談してみた。
「ねえ、サーシャちゃん。ギルドに行く近道で、今のわたしの体でも、どこにも引っかからずにすいすい通れるような『裏道』ってないかな……?」
昨日、お酒に酔って千鳥足で歩いたとき、大人の体(特に胸とお尻)のボリュームのせいで、細い路地を通るのが少し大変だったのだ。20歳ボディのサイズ感をまだ完全に掴みきれていないひよりならではの切実な悩みだった。
サーシャはひよりのグラマラスな体型を上から下まで見て、ニヤリと笑った。
「なるほどね! 確かにひよりさんのそのプロポーションだと、細い路地は窮屈かも! 安心して、広めだけど人が少なくて、すっごく早く着く裏道を知ってるから。案内するね!」
「わぁ、助かる! いこう!」
ひよりは新しいお洋服の裾をひらひらと揺らしながら、サーシャと一緒にシャランの魔道具店を出発した。
サーシャが教えてくれた裏道は、レンガ造りの古い壁に囲まれた静かな通りだった。ひよりの豊かな胸が壁にこすれる心配もない絶妙な広さで、歩くたびに二重構造の布地がふんわりと揺れて、まるで物語の主人公になったような気分で楽しく歩くことができた。
「本当に早ーい!」
サーシャの言葉通り、あっという間にギルドの大きな建物が見えてきた。
「それじゃあ、私はここで。またお店に遊びにいくね!」
とサーシャはギルドの前で手を振って別れ、ひよりは一人でギルドの重い扉を開けた。
中に入ると、ひよりは抱えていた薬草の袋を持って、昨日恐怖のレッスンをしてくれたあの鬼教官、ゴルドのところへと向かった。
「おっちゃん、シャランさんから頼まれた薬草の納品にきたよ!」
ゴルドは無骨な顔を上げ、ひよりの新しい服を一瞬だけ凝視したが、すぐにフンと鼻を鳴らして袋を受け取った。
「おう、確かに対象の薬草だな。確認した。報酬はシャランのギルド口座に直接振り込んでおく。……ところで姉ちゃん、これからどうするんだ? 暇なら、訓練所に寄っていくか?」
「うん! 短剣の練習、もっとしたいと思ってたの!」
ゴルドの誘いにひよりが元気に答えると、ゴルドは
「奥の第一訓練所が空いてる。好きに使え」
と顎で示した。
ひよりがパタパタと訓練所へ向かうと、そこには先客がいた。
「――ていっ! ……はぁ、はぁ……」
見習い用の木剣を両手で握り締め、一生懸命に素振りをしている男の子――スコットだった。
だけど、一人での練習なので、ただ型通りに剣を振るだけで、どこか寂しそうで頼りない。
新しい制服に身を包んだひよりが近づいていくと、その足音に気づいたスコットがハッと振り返った。
「あ……ひ、ひよりさん!? その服……すごく、綺麗です……!」
見習い用の木剣を握ったまま、スコットは顔をぽっと赤く染めた。
胸元を上品なドレープ布がふわっと覆い、歩くたびに腰のあたりでひらひらと揺れるひよりの新しい制服姿は、大人の気品がありながらも、どこか守ってあげたくなるような愛らしさがある。スコットの15歳ピュアハートには刺激が強すぎたようだ。
ひよりは新しいお洋服の裾をちょっとつまんで嬉しそうに微笑むと、スコットに一歩近づいて、声を弾ませた。
「スコットくん、お疲れ様! ねあねあ、昨日の夜、スコットくんと一軒目でバイバイした後のこと、教えてあげる!」
「えっ? あ、はい! ファラさんと二軒目に行かれたんですよね。ひよりさん、すごく酔ってましたけど……大丈夫だったんですか?」
スコットは昨日の夜遅くまでひよりを連れ回したファラをちょっと恨めしく思いつつも、ひよりの体調を本気で心配していたのだ。
そんな優しい相棒に向かって、中身が10歳のひよりは、一切の悪気なく、満面の笑みでとんでもないディテールを報告し始めた。
「うん! すっごく楽しかったんだよ! ファラお姉ちゃんが連れて行ってくれたお店ね、すっごく可愛くて、お洋服がちっちゃーーいお姉さんたちがたくさんいたの!」
「え……? お、お洋服がちっちゃい……?」
スコットが首を傾げた。ひよりは両手を広げて、身振り手振りを交えながら無邪気に続ける。
「そうなの! 下着の一歩手前みたいなレースの服を着てたり、お尻にモフモフの尻尾がついた超ミニスカのお姉さんたちがね、わたしの周りにいーっぱい集まってきてくれたんだよ!」
「ぶっ……!?」
スコットの脳裏に、ハーティーの町の裏通りにある、あの噂の『ちょっとエッチな大人の社交場』の光景がドカンと浮かび上がった。15歳の少年なら、名前を聞くだけで耳まで真っ赤になるようないかがわしい高級店だ。
「お姉さんたち、すっごく優しくてね! わたしの頬っぺたをぷにぷにしたり、胸をむぎゅーって触って『すごいボリューム!』ってすっごく褒めてくれたの! それでね、後ろからぎゅーってハグしてくれて、お姉さんたちもフカフカでいい匂いがしてね……!」
「ひ、ひひひ、ひよりさんっ!? な、何言ってるんですか!?」
スコットは顔を耳の裏まで真っ赤に染め上げ、持っていた木剣をあわあわと突き出しながらガタガタと震え出した。妄想が暴走して、ひよりがセクシーなお姉さんたちにもみくちゃにされている映像が頭を駆け巡っている。
しかし、ピュアな10歳児のひよりのマシンガントークは止まらない。
「あとね、お姉さんたちが特製の甘いパフェを『あ〜ん』って口に入れて食べさせてくれて、わたしすっごく眠くなっちゃって……。犬の耳をつけた可愛いお姉さんの太ももを枕にして、朝までぐっすり膝枕で寝ちゃったんだぁ!」
「ひ、膝枕ぁぁぁっ!!??」
スコットのライフはもう完全にゼロだった。あまりの衝撃と恥ずかしさで、オーバーヒートしたヤカンのように頭から湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしている。
ひよりの脳内では、昨晩同じようにパニックになっていたキュアが、やれやれと呆れたような、だけどどこか楽しそうな男の子口調でクスクスと笑っていた。
(あはは! ほらごらん、ひより。スコットくん、純情すぎて今にも倒れちゃいそうだよ。15歳の男の子にあのお店の話をそのまましちゃうなんて、ひよりは本当にとんでもない天然の小悪魔だね)
(ふえ? キュア、なぁに? 楽しかったお話をスコットくんにも教えてあげただけだよ?)
ひよりは、スコットがどうしてそんなに真っ赤になって慌てているのか分からず、不思議そうに顔を覗き込んだ。
「それでね、今朝帰ったらシャランさんに見つかって、すっごく、すっっっごく怒られちゃったの! 顔に変なピンクのマークがついてる!って般若みたいな顔になって、わたし泣いちゃったんだよぅ……。お酒を飲んで朝帰りは、もう絶対にダメだね!」
「あ、朝帰り……シャランさんに……。う、うう、ひよりさんが無事で、本当に良かったです……」
スコットはふらふらと地面にしゃがみ込みそうになりながらも、心から安堵したように息をついた。
同時に、昨日の夜、自分がもっと男らしくひよりの手を引いて一緒に宿へ帰っていれば、ひよりがそんなエッチなお店に連れて行かれてシャランさんに泣かされることもなかったのに……という、小さな悔しさと独占欲のようなものが、彼の心にちくりと芽生えていた。
スコットは真っ赤な顔のまま、だけど少し真剣な目でひよりを見上げた。
「……ひよりさん。つ、次の夜は、僕がちゃんとひよりさんを、お家まで送り届けますから。ファラさんに誘われても、もう二軒目に行っちゃダメですよ?」
「うん! スコットくん、ありがとう!」
そう言って、新しい上品な服をひらひらと揺らしながら嬉しそうに微笑むひより。その姿を見て、スコットの胸はまたドキンと高鳴るのだった。
「よし! じゃあスコットくん、わたしもおっちゃんに習った短剣の構えを練習するから、一緒に剣の特訓をしよ!」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
お互いに顔を赤くしながらも、二人は訓練所の心地よい静けさの中で、一歩ずつ心の距離を縮めながら、元気に木剣と短剣を構えるのだった。




