朝帰りのひより
妖しげな魔法の光に包まれた二軒目の店で、セクシーな犬耳お姉さんの太ももを枕にすやすやと眠りこけていたひよりが、パチリと目を覚ましたのは、窓から眩しい朝の太陽の光が差し込んできた頃だった。
「うにゃあ……あたまが、いたたた……」
ひよりは20歳の大人の頭を両手で押さえながら、ふらふらと起き上がった。人生で初めて経験したアルコールのせいで、軽い二日酔い、いわゆる「頭が痛くて気持ち悪い」という状態になっていたのだ。
(うう……ひより、やっと起きたかい? ボクは一晩中、お姉さんたちのハグの感触とひよりの二日酔いの気持ち悪さに挟まれて、一睡もできなかったよ……)
脳内で、キュアがすっかり疲れ果てたトホホな声で話しかけてくる。
(キュアぁ……お水、お水ちょうだいぉ……。あれ? ここどこだっけ……?)
「あら、ひよりちゃん起きた? おはよう。はい、お水とお漬物よ」
ガタゴトと派手な音を立てて、同じく少し目が充血しているファラが、水の入ったコップを差し出してくれた。お店のソファで朝まで雑魚寝してしまったひよりは、お姉さんたちに
「また来てねぇ!」「次はもっと可愛がってあげる!」
と熱烈なキスの嵐(頬にリップマークがベッタリ)で見送られながら、ファラに連れられて、ようやくシャランのお家へと帰ることにした。
すっかり朝の活気に包まれたハーティーの街を、千鳥足で歩く二十歳の爆乳美女と、その隣を歩く斥候ファラ。
ひよりが今、空き部屋を間借りさせてもらっている「シャランの魔道具店」の木製の扉を、
「ただいまぁ〜……」
と力なく開けた。
すると、その瞬間――。
「――ひより!!!!」
地鳴りのような怒声が、怪しげな魔道具や小瓶が並ぶ店内に響き渡った。
ビククッ!!
と、ひよりの20歳の身体が跳ね上がる。カウンターの奥から飛び出してきたシャランは、両手を腰に当て、まさに般若のような恐ろしい形相で仁王立ちしていた。
「あなた、一体全体、今までどこで何をしていたの!? 昨日訓練が終わったらすぐ帰りなさいって言ったじゃない! 女の子が、しかもこんなに綺麗で無防備な子が、一晩中連絡もなしに朝帰りなんて……どれだけ心配したと思ってるの!!」
「ふえぇ……っ!?」
シャランの凄まじい剣幕に、ひよりは一気に酔いが醒め、10歳児の子供に戻ってガタガタと震え出した。
完全に「学校の宿題を忘れてお母さんに激怒されている小学生」の心境だ。
「ご、ごめんなさいぃ……っ。あのね、お肉を食べて、蜂蜜のお酒をちびちび飲んだら、頭がぽかぽかして……それから二軒目に行って……」
「二軒目ぇ!?」
シャランの目がキラーンと鋭く光る。その視線が、ひよりの首筋や頬にべったりとついたピンク色のリップマーク、外見は20歳の抜群のプロポーションなのに、はだけかけたホールド感ゼロの胸元へと注がれた。
「ちょっと! その顔の跡は何!? 服もボロボロに乱れて……! ひよりちゃん、あなた、まさか変な男に騙されて、いかがわしい場所に連れ込まれたんじゃ……っ!?」
シャランが本気で血相を変えてひよりの肩を掴む。
脳内でキュアが慌てて突っ込んだ。
(あちゃあ、大誤解されてるよ! 変な男じゃなくて、変なお姉さんたちに可愛がられてただけなんだけど……見た目が20歳の美女だから、シャランさんから見たら完全に事件の被害者に見えちゃうんだ!)
「あ、あの〜、シャランさん? 落ち着いて。ひよりちゃんを連れ回したのはあたし。それに、行ったのは健全な(?)オンナノコのお店だから、男の影は一切ないわよ」
後ろからファラがヒラヒラと手を振って弁明しようとした。だが、それが火に油を注ぐ結果となった。
「――ファ・ラ・さ・ン!!!!」
シャランの怒りの矛先が、一瞬でファラへと向く。
「アンタ、また新人を連れ回して変な場所へ行ったのね!?先輩なら、初心者のひよりちゃんをちゃんとここまで送り届けるのが役目でしょ!!」
ファラが引きつった笑いを浮かべて一歩後退りする。シャランの説教モードは完全にリミッターが解除されており、魔道具店の中に
「どれだけ心配したか」「冒険者のモラルとは何か」
というマシンガントークが炸裂し始めた。
「ふえぇ……うわぁぁん、ごめんなさいぃ〜〜っ!! もう朝帰りしませんんん〜〜!!」
中身が10歳のひよりは、シャランの迫力に耐えかねて、ついに大粒の涙をポロポロと流してその場にしゃがみ込んでしまった。外見は抜群のプロポーションを持つ美女なのに、泣き方は完全に幼子そのもの。
それを見たシャランは、はっと我に返り、ふぅーっと深いため息をついた。
「……もう、分かればいいのよ。あなたが無事で本当に良かった。……ほら、泣かないの。お風呂に魔導温熱石を入れて沸かしてあるから、それを浴びて、お酒の匂いと変なマークを綺麗に落としてきなさい。その間に、酔い覚ましの特製スープを作って、あなたの部屋に持って行ってあげるから」
「うぐっ……ぐすっ……うん。シャランさん、ありがとうぉ……」
ひよりはズビズビと鼻をすすりながら立ち上がり、魔道具店の奥にあるお風呂場へと向かった。
脳内で、キュアがやれやれと苦笑しながら、優しい口調で頭を撫でるように話しかけてくる。
(ハハハ、シャランさんにあそこまで本気で怒ってもらえるなんて、ひよりは本当に大切にされてるんだね。でも、もうお酒を飲んで朝帰りするのはコリゴリでしょ?)
(うん……もう絶対に朝帰りはしないのぉ……お母さんより怖かったよぅ……)
ひよりは温かいお風呂に浸かりながら、大人の世界の厳しさ(?)と、間借りさせてくれているシャランの温かい優しさを身に染みて感じるのだった。




